STAND BY

好きだと言われてサイファーと付き合っている。
って言っても、フツーの友達同士だって今日ジャンク屋付き合ってくんね?とか昼飯付き合えよーとか誘ったりするわけで。別に変な意味はなくて、俺達のも何のことはない、フツーの友達付き合い。そりゃあたまに、俺が違う友達に遊びに誘われたりするのをあいつが大きな顔で「先約がある」なんて勝手に(しかも偉そうに)断ったりしていたりもするけど、別にそのことに特別深い意味なんか無い、筈だと思っていた。



そもそもどうして俺がサイファーと付き合うなんてことになったのか、というと話は遡る。今から丁度一ヶ月くらい前、俺は偶然サイファーがガーデンの女子に告られてるところに遭遇した。相手の子はたぶん下級生の、長い髪がふわふわと柔らかそうで睫毛がくるんとカールした大きな目の可愛い子。例えるなら甘い甘いイチゴのショートケーキみたいな。あの子と付き合うのかな、と借りてた本を返しに行った図書室の前の廊下でそう思って、そう思ったら何故か目が離せなくなって俺はその場に立ち尽くしてしまった。そしたら急にサイファーがこっちを振り向いて、ずかずかと近づいて来たもんだから俺は大いに肝を潰したのだ。
「おい、オレはあいつとは付き合わねえぞ」
「・・・は?!」
背後で女の子が目を真ん丸くした、と思ったら泣きそうな顔になって走り出した。このバカ、なんてことを。
「おいサイファー、何だよ今の!かわいそうだろ!!」
憤る俺に向ってサイファーは何を言っているのかという顔で首をかしげた。
「付き合えねえなら断るしかねえだろう、好きでも無えのに」
でも断るにしたって今のは酷い、誠意がまるで無かったじゃねえかと力説する俺にサイァーはもう一度首をかしげてみせた。今度はゆっくりと反対側に、誰かさんみたいに眉間に皺を寄せて。
「着目点はそこかよ」
「へ?」
「出来が悪りいほどかわいいとか言うけどよ・・・・まあ、似たようなもんなのかもな。あのな、オレは好きでもねえ奴と付き合うほどヒマじゃねえし傷つけねえように気ぃ使うなんつー面倒くせえのも真っ平だ。けど重要なのはそこじゃねえし、オレの誠意が誰に対しても無いわけでもねえ」
出だしの「出来が悪りい」でカチンときながらも、俺は何かもったいぶった言い方をするサイファーをまじまじと眺めずにはいられなかった。だって珍しかったのだ。こいつは今まで俺のことをバカにするか無視するかのどっちかで、まともに顔を見て話すなんてこと殆ど無かったから。
「なんだ、見とれてんのかよ?やっとオレ様の魅力に気がつくくらいに成長したのか、良かったなあヒヨッコチキン」
「うっせ!ヒヨコとかチキンとか言うな!ったくつくづく失礼な奴だよな……悪りいけどさっきの子、あんたなんかのどこが良かったのかさっぱり分んねえよ。俺にしとけばあんたなんかよりもっと、ずーっと優しくしてやんのに」
「…ほー、おまえがか?」
「そうさ、俺はあんたと違って誠意もデリカシーもちゃんと持ち合わせてんだかんな!女の子泣かせるなんてことはぜってーしねえ」
馬鹿にすんなよ、俺だってまるっきりもてないわけじゃないんだ。そういうときにどんなふうに気を使えばいいかだってわかってる。へえー、と感心したように頷いているサイファーはどうやら俺のことを見直したらしい。やっとこいつにガキ扱いされなくなるかと思うと俺はかなり気分が良くなった。そして、そうか悪かった、おまえの頭の中はもうパンが詰まってるだけじゃねえんだな、なんてあんまり嬉しそうに言うから、なんかちょっとアレ?と思いながらも「じゃあおまえのこと好きなオレと付き合って後生大事にしてくれ」なんて言われて、俺は「よーし、まかせとけ!」なんて笑顔全開で応えてしまったのだ。つまりそれが俺とサイファーとの“お付き合い”の始まりだった。

以来、俺たちの関係はとても良好になった。
俺は元々人を嫌ったり避けたりするのは好きじゃないし、そういう感情を持ち続けることは更に苦手だったからサイファーといがみ合わなくてすむようになったのは本当に良かった。一緒に出掛ければ楽しいし、何故だかサイファーは俺の好みの食べ物の店なんかをよく知っていた。二人でいるときは大抵俺が一方的に喋りたいことを喋ってるけど、サイファーは聞いてないようでいてしっかり聞いてくれている。この間のレポートはどうした、そろそろ期限だろうなんて言われてはっとしたこともある。最近じゃあ、勢いで付き合うなんて言っちまったけど大丈夫かよ、あのサイファーだぜ?とか一晩悩んだのが嘘みたいに、あいつが傍にいることを当たり前に、自然に感じるくらいになっていたのだ。
───だけど、あるとき、俺は突然思い出してしまった。
当人のサイファーですら言った事を忘れてるんじゃないかと思う程に今更だけど。いつもみたいに、ゼル、とあいつが俺の名前を呼んだその瞬間、俺は飛び上がりそうに驚いた。偶然距離が近くて耳元だったのがいけなかったのかもしれない。だってこいつ、こんなエロい声してたっけ?目の色は蒼と緑を足したみたいなそんな不思議な深い色で、そんな眼差しで俺を見てたっけ?まるで別人に対峙させたられたみたいにどくんと心臓が跳ね上がって、俺はすぐに返事が出来なかった。
「…あ、誕生日?何かくれんの?」
にかっと笑いながら顔が赤くなるのを必死で誤魔化そうとする俺をサイファーは変に思ったに違いない。訝しげな視線はすぐに愉快そうに細められて話の続きに戻ったけど、結局その日の俺はずっとしどろもどろだったから。ああ、こんなときどうすればいいのか、残念なことに俺はさっぱりわからない。偉そうな事言って、俺はまだまだチキンだったのだ。相手がかわいい女の子ならまだしも、このサイファーに堂々と聞くことなんてとても出来そうにない。俺達そういう意味で付き合ってるのかなんて、ましてや、そういう意味なら、俺達はこれからどうなるのか、なんて。



カレンダーを見ると、今日は3月17日。赤い丸がついてる。間違いない。
ついさっき、俺の誕生日だからってK1に誘いに来てくれた友人をサイファーがまた勝手に断ってしまった。(しかもチケットだけは二人分ちゃっかりふんだくって!)その友人には悪いけど、サイファーはなにやら俺を連れ出す計画を立ててくれていて、そっちのほうが実は俺にとっても都合が良かった。あれから俺は考えに考えて、ある決意を固めていたのだ。それは今からどきどきしてしまうくらい恥ずかしくて、難しいことだけど。ひとつ大人になるぶん、俺は勇気を出そうと思う。