Cotton Candy

如月アヤ様


その日、午前中一杯かかってスコールの仕事を手伝っていたサイファーは昼を迎えてガーデン生でごったがえす食堂の中にゼルの姿を探した。
だが間が悪い、とでも言うのだろうか。
いつもであれば間違いなくここで見つけられる筈のその姿を、今日に限って見る事が出来ない。
何処かへ出かけたか、とも思ったが。指揮官室に詰めているスコールの元へとゼルからの外出届は出されてはいなかった。
無論、突発の任務でもない。
ふと窓際の席に目をやれば、見慣れた姿が二つ並んで座っている。

「あれ?珍しいね、君一人?」
「はんちょーここ座れば?」

昼食を乗せたトレーを片手に近づけば、にこにこと笑って手招きされてご丁寧に椅子まで引かれた。
鬱陶しい、と思わないでもなかった。どちらかと言えば、この二人はサイファーにとって苦手な部類だ。
だからと言って嫌い、というのではない。
例えこちらがどれほど剣呑な空気を放っても、恫喝したとしても。
それらが全く通用しない相手は、サイファーの調子を狂わせる。そんな態度を嫌悪していた時期も確かにあったが、今になってみればありがたいと思うこともしばしばで。
尤もそれはこの二人に限った事ではなかったが。
大よそ仲間、と呼んでも差し支えのない数人からすればサイファーのそんな態度は見慣れたものであり、今更それに対して腹を立てるまでの事でもないのだろう。
ゼルくらいのものだ。
サイファーの言葉一つ、行動一つに一々律儀に反応を返すのは。
些細なからかいの言葉や、冗談半分の悪態にもバカ正直に牙を剥き、宥めようとすればしたで散々抵抗され腕の中で暴れられ、引っ掻き噛み付かれる。
だから好き、なのか。
そこが好き、なのか。
どちらにしてもそんなゼルだからこそサイファーは好ましいと思うのであって、そんな自分を正直まともじゃない、とも思うのだが。

「おい。チキンの奴、見なかったか?」

引かれた椅子に腰を降ろしてそう聞けば二対の目が面白そう、と輝くのが見て取れた。

「え〜そう言えば今日は見てないな。セフィ、見た?」
「ううん、そう言われてみたら私も今日はまだゼルに会ってへんわ」
「なら仕方ねぇな」
「どうしたの?もしかして君たち、また喧嘩でもしたとか」
「うるせぇ、またってなんだ、またってのは」

軽口を叩きながら、サイファーは食事を取ったがどことなく憮然とした気分になる。
こっちがスコールの仕事の手伝いで忙しいのは分かっているだろうに。
こんな僅かな時間でも利用しなければ同じ空間にいながら会う事もままならない、それなのに。なんであいつがここにいないのか、と八つ当たりじみた事を考えて。

(だからって何で俺がイラつかなきゃなんねぇんだ・・・)

今でなければいけない、というのではない。
夕食の時間になればまたここで会えるかも知れなかったし、そうでなくても。会いたいと思えばゼルの方から指揮官室へと顔を出すだろう。
それが分かっていながらも、無性にゼルの顔が見たかった。
会えないとなればなるほど。今すぐにでもあの輝くような笑顔が見たくて、どうにもならない。

「もしかして、はんちょー疲れてるん?」
「たりめぇだろ、どっかの人使いの荒い指揮官様が散々コキ使ってくれやがるからよ」

そう、元はと言えばスコールが悪い。
よもやまさかあの男が指揮官権限を最大限に振りかざして、溜まりに溜まったデスクワークをサイファーに押し付けさえしなければ。

「たまんねぇぜ、こっちはよ」
「ん〜それは可哀想やねぇ。ほな優しいセルフィちゃんがいいものをあげるわ!」
「・・・・・・・・・・・・こりゃ、何だ」

いいもの、と言ったセルフィが取り出した物体にサイファーは絶句する。
ふわふわとして、頼りなさそうで、真っ白いそれ。
どこにこんな物を隠し持っていたと言うのだろうか。この女も底が知れない、と半ば呆れ半ば感心してセルフィとそれを交互に見やれば。

「な!懐かしいやろ?今度ガーデンでお祭りする時に出そうと思って機械借りてきて、試しにさっきアービンと作ってみたんや〜」

ほら食べて?
にこにこと嬉しそうな顔のセルフィに思わず気圧されて、断ることも出来ずにサイファーはほんの一つまみそれを指先で掴み取ると口元へと運ぶ。
砂糖独特の匂いが鼻先に香り、つられるように口中へと押し込んでみれば。
瞬時に溶けて舌全体に広がるその甘さにサイファーは思わず顔を顰めた。

「疲れてる時は〜甘いものが一番なんよ?もっと食べて〜」
「いや、もういらねぇ。しっかし甘すぎるんじゃねぇか?これ」
「そんなに顔顰めるくらい、甘いかなぁ〜。男の人ってこういうの苦手なん?でもアービン好きだよねぇ〜」
「うん、好き。ものすご〜く好き。セフィが作ってくれた物なら僕はどんなものでも好きに決まってるじゃないか」
「やだ〜そんなこと言われちゃったら、私また頑張っちゃおうかなって思っちゃうやん」
「頑張ってもっと美味しいの、僕に沢山作って?」

(よく言うぜ、こいつ。甘いもん、苦手なくせしやがって何が「ものすごく好き」なんだかよ。やってらんねぇっての)

人目も憚らずいちゃいちゃし始めたアーヴァインとセルフィに冷めた一瞥を投げかけると、サイファーは残っている仕事を片付ける為に再びスコールの待つ指揮官室へと向かった。
用意されたデスクの上に積み上げられた書類の量に軽い眩暈を覚えながらも、必死でその山と格闘すること数時間。
こなせど、こなせど終わりは見えない。
一向に減る気配のない書類にもしかしたら知らぬ間に増殖しているのではないか、と疑問すら浮かんでくる。
ちら、と隣を横目で見れば不機嫌さも露わにスコールが眉間に皺を寄せて書類を睨みつけていた。
諸悪の根源はこいつだ。
スコールが仕事を投げ出して任務に逃げさえしなければ、こんな事にはならなかったに決まっている。
そう、事もあろうにこの総指揮官はガーデンを抜け出して息抜きとばかりに一暴れして下さったのだ。
考えれば考えるほど理不尽だ。
他にも手の空いている人間は幾らでもいる。それなのにどうして俺が、と思えばつい文句が口をついて出る。

「おい、てめぇ。誰のお陰でこんなことになってんのか分かってんだろうな」
「・・・・・・分かってる」
「だったらその不機嫌そうなツラ、どうにかしやがれ。こっちまでイライラしちまうだろうが!」
「それは無理な相談だ」
「――――何だと」
「あんたがどう思おうが、悪いが俺もイラついている」
「てめぇが蒔いた種じゃねぇか!文句言ってねえでやることやれってんだろ?!第一、何で俺がてめぇの尻拭いなんざしなきゃなんねぇんだ!」
「俺以外に任せられるのがあんたしかいないんだから仕方ないだろう!ゼルやセルフィにデスクワークが向いてるか?!」
「センセーがいるだろう!ヘタレだっているじゃねぇか!!」
「生憎とキスティスは他の事務処理で手一杯だ。アーヴァインは変に細かすぎて妙な所に拘るから、仕事が進まない・・・あんた以外に、使える人間がいないんだから文句言わずに何とかしろ!それに俺は昼も食べてないんだ、なのにサイファーはちゃんと食べて来たじゃないか!!」

バン、と大きな音を立ててスコールがデスクを叩き付けた。
その勢いでデスクの上の書類が舞い上がる。
血走った目でスコールに睨みつけられて、結果サイファーは迫力負けを喫してしまう。

「くっ・・・てめぇ、覚えてろよ?!絶対にいつかこの礼はして貰うからな!」

悔し紛れにそう叫んでみれば、この仕事が終われば何でもしてやる!と叫び返された。
そういう事なら後でどんなことでもしてもらおう、としぶしぶサイファーは引き下がる。この手伝いを盾に取れば、ゼルと二人揃っての夏季休暇をもぎ取る事も可能だと思うに至ったからだ。
一旦納得してしまえば、そこからは早い。
二人揃って眉間に皺を寄せ、ただひたすら無言で書類の山を片付けていく。
室内には紙を捲る微かな音と手元のキーボードを叩く音だけが響いて。
すっかり夜も更けた頃、ようやくサイファーは指揮官室から解放された。ムキになった自分にも非はあるが、スコールと二人揃って夕食をとる事も忘れてしまい結局、丸一日ゼルの姿を目にする事は叶わなかった。

(このままチキンの部屋に行ってみるか?)

常夜灯の微かな灯りが照らすガーデンの廊下を足音を忍ばせて歩きながら、ふとサイファーは思い立つ。
いくら一日顔を見なかったとはいえ、ゼルは間違いなくこのガーデンの中にはいる。この時間になれば部屋にいるのは当然の事だから、このまま行けば顔ぐらいは拝めるはずだ。
あの柔らかい唇にキスをしたいとか。
細くしなやかな体を抱き締めたい、と思う気持ちがないと言えば嘘になる。だがそれよりも―――単純に、顔を見たかった。
その考えを実行すべくゼルの部屋へと向かう途中。
自室の前を通りかかった瞬間、室内から感じる僅かな異変に気が付きサイファーは足を止めた。
気配の元を確かめようとドアを開ければひやりとした冷気が流れ出て来る。

「――――――!」

室内に一歩踏み込んでサイファーは声を失った。
壁に手を伸ばし灯りを点け、テーブルに投げ出されているリモコンを確認すれば室温は最低に設定されていた。
今朝は間違いなく、エアコンは切って出た筈だ。どれだけの時間エアコンをフル稼働させればここまで室内を冷え切らせる事が出来るのかサイファーは頭を悩ませた。
そして何処からか水の流れる音までもが聞こえてくる。
部屋を留守にしている間にこんな事を出来るのはサイファーを除いて暗証コードを知っているただ一人。

(・・・・・・まさか、あいつの仕業か?)

聞こえて来る水音にサイファーはバスルームへと身を翻した。
思い切り良くドアを開けてみれば、一面泡だらけの光景が目に飛び込んでくる。
壁も、床も、バスタブも。見事なまでに白い泡に塗れていてその奥に、見え隠れするのは金色の頭。
目の前に広がる余りの光景に意表をつかれて、最早怒りすらも湧き上がってこない。

「・・・チキン。一体全体、何の真似だ?」
「見て分かんねぇ?風呂に入ってんだけど」

ただ呆れてそう問いただせば、暢気な声が返ってきた。

「一つ聞きてぇんだがな、ここは誰の部屋だ?」
「多分、あんたの部屋だと思う」
「で。その俺の部屋で、てめぇは何してんだ。それにあの部屋は何だ?」
「ん〜涼しくていいだろ」

サイファーの方をちらりとも見ずに、ゼルは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらバスタブの中で体を伸ばす。

「涼しいどころの話じゃねぇだろ、冷え切ってんだよ。いい加減にしやがれ、チキン」

埒の明かない会話に痺れを切らせたサイファーがバスタブの側へと近寄ったその時。
泡に塗れた腕が突然首に回されて体ごと引き寄せられた。

「てめぇ、何しやがる!」
「いいだろ?あれ。あんたと暖まろうと思ってさ。驚いたか?」
「・・・・・・そういう魂胆か」
「そゆこと。外は暑いしさ、どうせならあんたと二人で熱くなった方が気持ちいいじゃん?」
「ったく、ガキくせぇ悪戯しやがって」

服が濡れるのも構わずに泡塗れの体を抱き返せばサイファーの首に噛り付くようにしてぶら下がったゼルが、碧い瞳を楽しそうに細めてくすりと笑う。

「いいぜ、ゼル。てめぇと熱くなってやろうじゃねぇか」
「あんたの事だから、そう言うと思ったぜ」
「大したタマだな、てめぇ。こんな事するために、今日一日姿をくらましていやがったのか」
「もしかしてあんた、俺のこと探したとか?」
「探すに決まってんだろ・・・」

バスタブからゼルの体を引き上げれば、そこかしこに付着したままの泡の白さにサイファーは思わず目を奪われた。
これでは、まるで。

(こいつが・・・砂糖菓子みてぇだ)

昼間セルフィに寄越された、あの砂糖菓子の甘さがサイファーの口中に蘇る。

「どこもかしこも、甘そうじゃねぇか。なぁ、ゼル?」
「さぁ?甘いかどうか、確かめて見れば?」
「言われなくても頭から食ってやるから安心しろ。疲れた時にゃ、甘いモンがいいって言うしな」
「あんた、何言ってんだ?」
「てめぇには関係ねぇ話だ、ほっとけ。それより、さっさと出てきやがれ」
「食いたかったらあんたが運べよな」
「―――クソ生意気なチキンだぜ、いつまでもそうやって憎まれ口を叩けると思ってんじゃねぇぞ」

そう言いながらもサイファーはゼルの体を抱き上げると、冷えた室内へと足を運んだ。
きっとすぐにこの部屋も暑くて堪らなくなるに違いない。
砂糖菓子よりも甘く感じる、ゼルによって。

Fin.
TOP

「KALEIDOSCOPE」の如月アヤ様より、暑中見舞いで
とても夏らしい素敵なサイゼルを拝領いたしました!
ふわふわの泡まみれになってコケティッシュにカマかけるゼル
に、サイファーならずとも理性崩壊、妄想爆走です。
てか私が食いたいですよマジで!(≧▽≦)
アヤ様、ありがとうございました!