STONE KISS

如月アヤ様


「もう、いい!あんたなんて嫌いだっ!そんなに俺といるのが嫌ならとっととガーデンに帰ればいいじゃねかっ!」

森の中にゼルの怒りに染まった声が響き渡る。
怒りのために赤く染まった目尻に、これまた涙を溜めて言われても・・・当のサイファーに取っては可愛いだけの話でしかない。

ニヤニヤした笑みを浮かべるサイファーから敏感にそれを感じ取ったのか、ゼルはくるりと踵を返して歩き始めた。

「・・・・・こんな事くれぇで、拗ねてんじゃねー」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「誰も、お前と一緒に居たくないなんて言ってねぇだろうが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

サイファーにしては珍しく、どうやらゼルの機嫌を取るつもりだったらしい。しかしゼルはそんな事はおかまいなしに、無視して歩き続ける。

「ゼル!おいこら、返事ぐらいしねぇか!」

 前を歩くゼルの背中に、サイファーの苛立った声が投げかけられる。
 けれどゼルはそんなサイファーの声を完全に無視して、足元の草をざかざか踏み付けてどんどん歩いて行ってしまう。

 目の前を歩く自分よりもかなり小さな後姿に、サイファーは聞こえないようにため息をついた。

 『ちっとばかり、苛めすぎたか?いや、そんなのは関係ねぇ。単にアイツがガキなだけだな』

 一応これでも、反省はしている。
 今回の任務が久々に二人だけでのものだから、サイファーとて内心浮かれていたのだ。しかし、ゼルのようにあからさまにそれを表現できないのも事実。
 ガーデンを出て以来、鼻歌交じりに上機嫌なゼルに「今からいくのは任務だ」と言うことも踏まえて、少々きつい言葉を返しただけだった。
 どうやらそれをゼルは・・・自分との任務が嫌だ、とサイファーが思っているように受け取ってしまったらしい。

『あ〜、しくじっちまったか。別に誰も嫌だとは、一言も言ってねぇじゃねぇか。これだからガキの相手は面倒なんだ。おーおー、いっちょまえにトサカ立ててよ。ガキのてめぇには、そんな立派なトサカは似合わねーって、何度言っても分からねぇみてぇだな』

いくら面倒だとは思っても。サイファーに取ってゼルが誰よりも大切な人間である事に変わりは無い。
むしろその、ゼルの幼さにこそ惚れてしまっていると言っても過言ではない。

ゼルの中にある、強さと脆さ。幼さと妖艶さ。
そんな相反する性質のものが、どうしてかゼルの中には同居している。
そのアンバランスさに、魅了され、惹きつけられて・・・サイファーに逃れる術はないと言うのに。

『ったく、しょうがねぇ。いつまでもご機嫌ななめってのも、困るしな。おいおい機嫌でも取ってやるか』

サイファーに取ってゼルの機嫌を取る事など、実に簡単な事だった。
小さな体を後ろから抱きしめて、耳元に甘い言葉の一つや二つ注ぎ込んでやればいい。そして、あの生意気そうな唇に、噛み付くようなキスでもすれば。
いとも容易くこの腕に縋りつき・・・・・そして蕩けるような、碧い瞳がサイファーを見つめるだろう。

『夜になれば・・・・・それも、悪くねぇな。こんな森の中じゃ邪魔なんて入りっこねぇ。』

身のうちに湧き上がった欲望を、サイファーはどうにか理性で押さえ込むと、片手で持ったむき出しのハイペリオンを肩に担ぎ前を行くゼルを見失わないように歩き始めた。





 「・・・・・・・サイファーの奴、マジで頭にくんぜ。そりゃ、任務だって事忘れて、浮かれた俺も悪りぃけどよ、でも仕方ねぇじゃん。・・・・・・・嬉しかったんだから!」

 ぶつぶつと文句を言いながら、ゼルは拳を握り締める。
 本当に、嬉しかったのだ。例え任務とは言え、数日間サイファーと二人きりで過ごせる事が。SeeDになって以来、思った以上にサイファーとのすれ違いの生活が多すぎて。
たまに会えれば嬉しさの余り、その感情を隠し切れない。そんな姿を他の仲間に見られる事は恥ずかしくて。

「いいじゃんか、浮かれたって。・・・・・・・・・・・ゲッ!」

怒りも顕に歩いていたゼルの足元で、何かを踏んだ感触があった。

「やべぇ、これって・・・まさか・・・・・・・・・・・」

足元には、たった今踏みつけて壊したものが転がっている。殻を踏み割られ、中身を零れさせたそれは。

「コカ・・・トリスの、卵・・・・・・・?」

この状況はかなり危ない。ここに卵があるとなると、親が必ず近くにいる筈だ。ただでさえ、凶暴な性質の鳥型のモンスターの姿が脳裏を過ぎる。
逃げなければ、と思った瞬間。
グギャァ〜、と凶悪な鳴き声を発してコカトリスがゼルの前に立ちふさがった。その両眼は怒りに燃えている。

卵を踏んでしまったという罪悪感から、ゼルが戦闘態勢に入るのが一瞬遅れた。
目の前のコカトリスの鋭い爪を持った足が目前に迫っていた。

まずい、やられる。

そう思った瞬間、ゼルの体が何かに押され横に転がった。

「何ぼさっとしてやがんだ!てめぇ、死にてぇのかっ!」

サイファーがその体を盾に、コカトリスの攻撃を防いでいる。背後にゼルを庇う形でコカトリスに向かってハイペリオンを振り下ろす。
僅か一閃でコカトリスの巨体が地面に横倒しになる。

「・・・・・・・・・・サイファー?」
「サイファーじゃねぇだろっ!ぼさぼさ歩いてっから、こんなチキン相手に遅れを取るんだろうがっ!それとも、何か?!チキンはチキン同士、闘えねぇとでもいう気じゃねぇだろうなっ!」
 ゼルの喉元を、がっ、とサイファーの大きな手が掴む。

「あぁ?!ふざけんじゃねぇ、こんなチキン一羽にてめぇの体に傷作られてたまるか!てめぇの体に何かしていいのも、傷作っていいのもこの、俺だけだ!覚とけよっ?!」

掴み上げられ、がくがくと揺さぶられ・・・身長差のあるゼルの体はつま先で立っているのが精一杯になる。
相当に苦しい体勢だったが、そんな事を口走ったら益々サイファーの怒りに火を注ぐ事は明らかだ。
ゼルは必死で頭を上下させて、分かった!という意思を伝える。
そんな必死の行動が通じたのか、サイファーはゼルを掴み上げていた手を放す。




「ごめん・・・・・俺・・・・・・・・」
自分の注意が足りなかったばっかりに・・・、と俯きながらゼルが謝罪を口にする。しかしサイファーは何も言ってはくれない。
「なぁ、怒ってんのか?俺が悪かったよ・・・・・だからそんなに怒んないで、くれよ。俺、サイファーに怒られると・・・・・」
どうしていいのか、わかんなくなる。
そう呟いてゼルはサイファーの白いコートを掴もうと、手を伸ばす。いつもなら指先に感じる布の柔らかい感触がやけに硬く、掴む事が出来ない。
「・・・・・・サイファー?!」
慌てて顔を上げたゼルの目に、まるで石のように固まったサイファーの姿が映った。

「やべぇ〜、石化しちまってんじゃん!でも、何でだ?サイファー、一撃でコカトリス仕留めた筈なのに・・・・・」

そして石化してしまったサイファーを一部の隙もなく検分したゼルは気が付いた。
コートの一部が切り裂かれ、どうやら流血した痕跡もある。いや、石化してしまった今の状態でははっきりとは分からないが、恐らく間違いはないだろう。
ゼルを庇って間に入った時に、あの爪で裂かれたのだ。

「本当に・・・・・・サイファーって・・・・・・・・・・」
頭にくる。いつも文句と皮肉しか言わないくせに、こうやって体を張って守ってくれる。
 言葉で表す事が、何より苦手で・・・・・なのに、こんな風に体で守られてしまったら。

 「俺が馬鹿みたいじゃんかよ・・・・・あんな事で、勝手に怒って。でもサイファーも、馬鹿だ。いくら格好つけて助けてくれたって石になっちまったら、マヌケじゃん・・・・・・・・・」
 でも、嬉しい。
 
 
「帰ったら、皆に教えてやろうかな?サイファーが石化しちゃったなんて知ったら、驚くぜ?なんたってサイファーだからよぅ〜」

 助けて貰っておきながら、ゼルはそんな事を考える。そしてその考えが非常に良いものに思えてきて、知らず笑ってしまう。
 ひとしきり笑って、そしてサイファーを見て。

 「あ、忘れてた。とにかく早く石化解かねぇと!えっと、金の針はっと・・・・・・・・・・・あ、あった、あった!でも、その前に・・・・・・・・・」

 また、聞かれたらからかわれるに決まっているから。
 
ゼルは素早くサイファーの唇にキスをする。
 「ありがとな、助けてくれて。・・・嫌いなんていって、ごめん。本当は・・・・・」

 サイファーが、大好き。

Fin.
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このようなつたないサイゼルを、
頂いて下さいました柚葉さまに感謝いたします。