甘やかな、鎖
如月アヤ様
「あー、やべぇ・・・・・。こんな時間になっちまって・・・・・・。どうすりゃ、いいんだ・・・・・・」
任務完了後、他のメンバーと別れたサイファーは立寄った町でため息をついた。
今朝になって、思い出した事。それは。
『スコールの誕生日』
任務に向かうまでは、確実に覚えていた筈だった。日程も、十分すぎる程に余裕があった。
それなのに。
いざ、任務に赴いてみれば、トラブルに継ぐトラブル。それは今回同行した新米seedのせいだった。
しかし、文句を言っても始まらない。それらは全て、指揮官としての己の責任。
予定は狂い、任務が全て終了したのが今朝早くだった。
そして、ようやく思い出したのだ。今日が、スコールの誕生日だった事を。
自分以外の全員を先にガーデンに帰還させ、そしてサイファーは一人この町に立寄った。
時間が、ないのだ。何が何でも、スコールへの贈り物を探し出し、今日中に・・・日付が変わってしまうまでにはガーデンに帰らなければならない。
しかし、何を送っていいものか・・・皆目、見当が付かない。
もう少しだけでも、時間があれば。
何が欲しいのか聞くことも叶った筈だし、一緒に選んでも良かったのだ。
けれど、残された時間はあと僅か。
焦れば焦るほど、何を贈っていいものか分からなくなる。
元来、自分はこういった事に向いている性格では、ない。そしてスコールも。
欲しいものがあるのか、ないのか。感情表現に乏しい恋人は、何が欲しいと強請ったことすらない。
ただ、自分が側に居るときだけ。
誰にも見せたこともないような、幸せそうな笑みを浮かべて。
「だからってなぁ、プレゼントが俺ってのも・・・なんだしなぁ」
サイファーは本日、何度目になるのか覚えていない、盛大なため息をついた。
ガーデンに居るスコールは、まさか自分がこんな想いをしているなんて夢にも思ってはいないだろう。
それこそ、帰ってこないサイファーに対して何の感情も持っていないのかも知れない。
「まったく、厄介な相手に惚れちまったもんだぜ、俺も。ありゃぁ、間違いなく俺を狂わす悪魔だな・・・・・」
サイファーの脳裏にスコールの冷たく、白い美貌が蘇る。
それでも、何とかしてスコールを喜ばせてやりたいと思う自分に、俺もヤキが回ったもんだぜと呟き、サイファーは再び町の中を彷徨い始めた。
「ちくしょうっ!何にも、ねぇっ!」
あらかた店という店を回り尽くし、それでも目ぼしいものを見つけ出せなかったサイファーは思わず怒鳴り声を上げる。
そんなサイファーの殺気立った姿に町行く人々は目線を逸らし、足早に遠ざかって行く。
当然だ。まかり間違えば、掴みかかってきそうな男の側に誰が居たいと思うだろう。
「あ?何だ、この匂い・・・・・・・・・」
自分を避けるように逃げていく人々を見て、益々イライラを募らせたサイファーの鼻腔を仄かな香りがくすぐった。
仄かな香りは、殺気立ったサイファーの精神をいとも容易く、鎮めてしまう。
一体どこから、と匂いを辿ってみれば・・・それは一軒の寂れた小さな店から漂っていた。
「何だ?ここは・・・・・・」
古ぼけた外観からは、そこが何かの店である事をうかがい知ることは難しい。
が、ドアの上に掲げられた看板から辛うじて、それを知ることが出来る。
普段のサイファーなら決して目にも留めないであろうその店のドアを、気が付いたら押し開け、店内へと歩を進めていた。
薄暗い店内は、匂いが充満していた。通常、これだけの匂いが混ざっていれば悪臭と感じてもおかしくない筈のそれらは、しかし、調和しているのだ。
何段にも仕切られた木の棚に、小指ほどの小さなものから手の平に乗る程の大きさのものまで、様々なクリスタルの瓶に色とりどりの液体が満たされている。
「いらっしゃい、何かお探しか?」
「―――っ!」
その一つを手に取ろうとしたサイファーの背後から声が掛けられ、驚いて振り向いた先には小柄な老人が立っていた。
「じいさん、俺を驚かすんじゃねぇ」
背後に立たれた気配に気が付かなかった事に驚きながら、それを隠してサイファーは口の端を歪める。
「ほっ、それは悪かったのぅ。それで、何を探しておる?」
一方、老人の方はそんなサイファーに頓着せず、全く悪びれた様子がない。
「いや、何を探してるって言われてもなぁ。その何かが、判からねぇ」
「そうか。で、どんなお人じゃ?」
「・・・・・・・・は?」
「だから、お前さんが香りを贈りたい相手じゃ」
「どんなって・・・・・・・・・」
どんな相手と聞かれても、スコールは簡単に口で説明できる相手ではない。
「何でもいいぞ?そうだな、例えば昼と夜では・・・どちらが、そのお人に相応しい?」
そう聞かれれば、夜。
「では・・・・・・・・・」
次々と出される質問に、気が付けば何の疑問も持たずにサイファーは答えていた。
例えるのなら、スコールは夜。ギラギラと照りつける太陽よりも、冷たく降り注ぐ月の光。
静と動なら、静。
妖艶と言うよりも、凄艶。
咲き誇り、美しさを競う花よりも。潔い散り際を競うかのような・・・・・花。
「少し、待っておれ」
サイファーが伝えたイメージを聞き終わると、老人は店の奥へと姿を消した。
「何だってんだ、一体・・・・・」
老人の不可解な行動に、サイファーは呆気に取られる。もしかして、魔物の類に騙されて居るのかも知れない。
ちらり、と頭の隅を過ぎった考えに、ならば切り捨ててやる・・・と片手に持ったハイペリオンの柄の感触を確かめる。
何だって、こんな胡散臭ぇ店に入っちまったんだ、俺は。
しげしげと店の中を見回しながら、そう思う。
店内に漂う香りに、昔誰かに聞いた言葉を思い出した。
『男がね、香りを贈るのはどうしてか判る?』
判んねぇ、と答えたサイファーにその人は笑った。
『贈った香りで、相手を束縛したいから。その香りを纏った人を、自分のものだって判らせたいから』
・・・・・誰に。
『世界中に、よ』
理解、出来ねぇな。
『本当に、誰かを愛したら・・・貴方にも判るわ』
俺は、スコールを束縛してぇのか。
「待たせたの」
暫くして戻って来た老人は、棚には無かったクリスタルの瓶を手にしていた。丁度手の平に収まる程のそれは、非常に精緻なカットが施されていた。
中には淡い桜色の液体が満たされている。
無言で差し出されたそれを、どうしていいものかサイファーは逡巡する。
「これは?」
いぶかしんだサイファーに、老人は中身を少し吹きかけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・スコール」
サイファーを包んだその香りは。密やかで、冷たくて・・・それなのに、甘くて。
心の中に思い描く、サイファーだけのスコールそのものだった。
「持っていくと、いい。本当はもっと時間をかけて作るものじゃが、どうやらお前さんは時間がないように見受けられるしの。
ああ、御代は割り増しで貰うがのぉ?」
「この、じじい!・・・・・・・・・しっかりしてやがんぜ」
さぁ、払えと言って皺だらけの手を差し出した老人にサイファーは笑って有り金を全部差し出した。
サイファーがようやくガーデンにたどり着いたのは、日付が変わる少し前だった。
自室にも戻らず、必死にスコールの部屋を目指す。
「・・・何だ?無用心だぜ・・・・・?」
ドアの暗証パスを打ち込もうとして、ロックが外されている事に気が付き、そっとドアを押し開ける。
室内に灯りは付いていなかった。
「スコール」
名前を呼んでも、応えはない。
「・・・・・・・・スコール?」
再び、名前を呼ぶ。暗闇の中、目を凝らして室内を凝視する。
スコールは、いた。
開け放した、窓辺に佇んで・・・外を見ていた。
「スコール、返事くらいしやがれ」
無視されていたことに気が付き、そう毒付いてスコールの側へと歩み寄る。
「悪ぃ、遅くなっちまった」
「・・・・・・・・・・・・・」
「一人だったの・・・か?」
今日がスコールの誕生日だという事は、仲間全員が知っている筈だ。
サイファーが帰って来ない、こんな美味しい状態を見逃すほど甘い連中では、ない。
皆が皆、スコールを構いたくて仕方がないと思っている事をサイファーは知っている。
「誘われたけど」
ようやく、スコールが口を開いた。
「けど?」
「行かなかった。あんたが、いないから」
ささやかな、呟きだった。誰かに聞かせるための言葉ではなくて、独白に近いそれ。
サイファーの胸に、言葉にならない愛おしさが込み上げてくる。
この、暗い部屋で一人。
スコールが。
帰って来ないサイファーを、待ち続けていてくれた。
「悪かったな・・・その、トラブっちまってよ・・・・・」
「聞いた」
「・・・・・・・そうか」
「でも、遅い・・・・・・・・・・」
「・・・・・・スコール・・・・・・」
そうとは見えない態度で、けれど、スコールが拗ねていた事にサイファーの声が甘い響きを持つ。
抱き寄せて、キスをしようと思い・・・未だ、渡していなかった事に気が付く。
「遅くなっちまったが、忘れていた訳じゃねぇんだぜ」
そう言ってサイファーはコートのポケットから、クリスタルの瓶を取り出しスコールに手渡す。
「俺に?」
瓶を受け取ったスコールの瞳が、驚きに見開かれる。
こいつ・・・俺が、誕生日忘れてたと思ってやがったな。そうは問屋が卸さねぇんだよ。
「当たりめぇだろ」
お前以外に誰がこんなもん贈るかよ、と照れ隠しのようにサイファーは毒を吐く。
「この、香り・・・・・」
サイファーに促されるままに、瓶の香りを嗅いだスコールは言葉を失った。
「・・・・・気に、入らねぇか?」
黙り込んだスコールに、サイファーは柄にも無く慌てる。
スコールの為だけに作られたそれを、喜んで貰えないのではどうすることも出来ない。
「違う・・・・・・嬉しい」
小さな声でそう言ったスコールに、知らずサイファーは全身の力が抜けてしまう。
「そうか、嬉しいのか・・・・・・」
嬉しくても無表情を崩さない恋人に、一喜一憂、踊らされている自分が情けない。
けれど、嬉しいと言ったスコールに安心して、腕の中に抱き寄せる。
「サイファー・・・・・・」
「ん?」
「ありがとう・・・・・。この香り、サイファーに抱きしめられているみたいで安心、する」
ふいに、間近で見上げられ。
ガラス玉のような、煌めく瞳がサイファーを見つめていた。
「サイファーに、縛られているみたいで・・・嬉しい・・・・・」
触れるほど近くに、スコールの吐息を感じて。
「スコール」
甘く掠れた声で恋人の名前を呼んで、その唇にサイファーは優しいキスを落す。
抱き寄せた恋人の体からは桜の花の香りがした。
Happy Birthday Squall Leonhart
Fin.
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