w a r m v a n i l l a c o l a
”告白”というのは偽りの無い自分の気持ちを相手に伝える行為である。
単純なようであって難しい、それは如何に傲岸不遜なサイファーにとっても簡単には遂行しえない事柄であったが、
聞かされたほうはそれにもまして難しい顔になってしまっていた。
まさに寝耳に水、しかも事が事だけにただ驚いて呆然としているだけでは済ませられない。
困惑も露わな視線を横に向けたり下に向けたり、聞き取れないほどの小さな声で唸ってみたり。
驚かないわけが無い、というくらいはサイファーにもわかっていた。
けれど即答で断らないということは、それは可能性はゼロではないということか?
期待を込めたサイファーの目はそんな、どうにも居たたまれないといった様子のゼルにぴたりと据えられて動かない。
・・・おい、いい加減何か言えよ。
こっちを向け。
喉元まで出かかるのを生唾と一緒に飲み込み、ことさらゆっくりと腕を組んでみる。
待つしかない。
いや、待ちたいのだ。
ゼルをこんなふうにしてしまったのは間違いなく自分なのであり、彼のそんなしどろもどろな様子はどういうわけかたまらなく魅力的だ。
そうだ、オレの前でだけそんな顔をすればいい。
あいつらみてえな気の置けない友人になりてえとか、犬コロみたいにじゃれ合いてえとか、
オレのこの欲望は、決してそんな生易しいものではないのだから───。
普段のゼルは明るく快活で誰にでも親切だ。
だから皆に好かれていて、少し廊下を歩くだけでちょっとサイファーなどは驚くくらいに声を掛けられたり
可愛い女の子達に手を振られたりなんかしている。
一方自分の方はといえば、風神と雷神を除けばガーデンでは見事と言っていいくらいにきれいに扱いが二分されていた。
決して関わり合いになろうとしない者達、それと正反対にやたら積極的に纏わり付いてくる者達。
どちらも居ても居なくても自分の生活にさして影響力を持たない連中だが、そのなかにふたりだけ例外がいた。
ひとりはあの伝説のSeeD様、スコール・レオンハートである。
かつてガーデンを裏切り魔女の騎士となった自分を恨んでいる風でもなく、後の処置とやらに奔走してくれたらしいが
それを恩に着せる様子は微塵も無い。
彼のような人物を生まれながらにして上に立つ者と評すれば良いのであろうか、
それが口惜しくないでもないのだが自分は何故だか黙って従っている。
スコールはサイファーが唯一自らと同等、あるいはそれ以上の部類だと認めた存在なのであった。
そしてもうひとりが問題の彼である。
ゼル・ディン。
魔女アルティミシアによる混乱が収まった後ガーデンへ戻ったサイファーを待ち受けていたのは当然の如く反逆者を見る目だった。
誰一人表立って彼を非難しなかったが親しく視線を合わせようともしなかった。
当初はキスティスやアーヴァインといった心臓に毛の生えているような連中でさえ遠巻きに眺めるだけで、
ゼルだけが真正面からサイファーに話し掛けてきたのだ。
いや正確には、真正面からTボードで突っ込んできた。
ガーデンの廊下で突然目の前に現れたゼルをサイファーは寸でのところで身をかわしたが、
ゼルのほうは無理に体勢を崩して派手に転がった。
「危ねえじゃねえか!!・・・なんだ、てめえかチキン」
「サイファー!あんたかよ!?遠慮しないで轢いてやりゃ良かった」
顔をしかめ、ぶつけたらしい後頭部を撫でながらゼルはびしりと人差し指をサイファーに突きつけた。
「おい、これからは俺のことをぜってーチキンて呼ぶな!俺はもうおまえの知ってる俺とは違うんだからな!!」
「・・・あァ?」
「はっ、んな顔したってちっとも怖くねーっつの!今度俺の進路妨害したらほんとにミンチにしてやる。覚えとけよ!」
ふんっと唇を尖らせて睨みつけ、あかんべえのおまけまでつけてからサイファーの背後へと目をやった、
その途端ゼルの顔が弛んだ。
「風神!雷神!戻ってきたんだな!!」
全開の笑顔を向けられて雷神も、風神でさえも微かに微笑んだ。
ガーデンへ帰ってきて、知り合いと呼べる人間に初めて歓迎されたのだ。
良かったなあ、嬉しいぜ!!とバシバシ肩や腕を叩かれて雷神のほうはうっすら涙ぐんですらいる。
それを見ていたサイファーは言い返してやるタイミングを失い、その場から黙って離れたのだった。
思えばあの時、サイファーは何かヘンだと感じていたのだった。
話はしばらく前に遡る。
「サイファー、おい、サイファー!!」
聞いてんのかよ?!と何度も呼ばれてサイファーはふと我に返った。
目の前ではチキンが、いやチキンは返上したらしいゼルが偉そうにふんぞり返っている。
集中しろよな、と指し示しされた書類は今しがたふたりで終えたばかりの任務の報告書である。
どんな簡単な仕事だって二人で組めばどちらかが班長となるわけで、
その班長は自分が書けと言った通りに班員に書かせたいのだ。
サイファーにしてみればこんな面白くないことは無かった。
復帰して試験を受け、ようやくSeeDとなったばかりなのだから仕方が無いとはいえ、
サイファーは一応指揮官室で異議を唱えてみた。
しかし、「俺のほうがランク上だし当然俺が班長だよな!」
と総指揮官のデスクに前身を乗り上げて訴えるゼルの勢いに気を削がれてしまったのだ。
スコールはそんなゼルと苦虫を噛み潰したようなサイファーを心持ち椅子を後ろにひき面白そうに交互に眺めやった。
そして今も同じ場所で報告書が提出されるのを待っている筈なのである。
スコールの昼食が終っているかいないかなどサイファーは全く気にしていないが、
しかしゼルの腹のほうは我慢し切れなかったのでこうして食堂にいて、
それでも悪いと思っているので少しでも速く報告書を仕上げたいのだ。
ぼんやりされては困る。
そんなふうに睨みつけられたって恐くも何ともないし、第一、ゼルの手はナイフとフォークを操るので忙しいのだから
コーヒーしか頼んでいない人員がさっさと書類を仕上げるべきなのだ。
「ったくボケてんじゃねえよ。手元が留守だぜ、早く動かせ」
「・・・テメエこそ食うか喋るかどっちかにしやがれ。つうか黙って食え。指示なんざ要らん」
「あんだと?!」
「オラ、飛んだだろうが!汚ねえ!!」
「・・・・・」
流石に黙りこんでゼルはサイファーの手元を見やった。
指示は要らないと言うだけあって、書くと決めたらサイファーはすらすらと報告書の白い欄を埋めてゆく。
なら最初っからそうしろよな、と言いたいのを堪えてゼルは口の中のものを咀嚼した。
いきなり有能なのは気に入らないけど、任せていいなら折角の食事を楽しんだほうが自分にとっては幸福だ。
そうしてしばらく各々の作業に専念していたが、サイファーがふと顔を上げた。
「おい、入手したモルボルの触手。おまえいくつだ?」
「あ?えーと、触手10本、呪いの爪も10本」
「あと訓練生用にグラビデが多めに欲しいってセンセーに言われてたろ。ドローしたか?」
「やっべ!忘れてた!!あんたよく覚えてんなあ」
俺だけ怒られんのかよー、などと言う割りにはキレイに分割された鳥のソテーを次々に口に運ぶゼルの顔は幸せそのものである。
サイファーはそんなゼルの顔をしばし注視した。
ゼルが気がついてにっと笑う。
ずいと突き出してきたフォークの先に、肉汁を滴らせたソテーが刺さっている。
「ほれ、一切れやる」
「・・・いらねえ」
「そ?腹減ってんじゃねーの?」
しかしゼルはそれ以上勧めずに自らの口をあーんと開けた。
典型的な、好きなものから真っ先に平らげてゆくタイプだ。
唇の端についたソースを細い舌がぺろりと舐めた。
・・・共食い。
言いかけた言葉を飲み込んでサイファーは視線を報告書へと無理矢理戻した。
心中密かに舌打ちする。
ただのガキだ。
この金色のトサカの中身は至って軽そうで、鼻の頭にバンソウコウを貼り付けたりなんかしているのはモンスターにやられたのではなく、
先ほどそこいらの捨て猫にかまって引っかかれたからだ。
くるくると感心するくらいよく動く表情は、スコールに「任務完了しました」などと書類を携えて報告するよりは
「宿題終ったぜー!」と飛び込んでゆくほうが断然しっくりくるだろう。菓子かなにかのご褒美を目当てに。
一部の女子の間ではそれがカワイイとか母性本能をくすぐるとか言われているのもサイファーは知っている。
しかし自分は気に入らないのだ。
どうにも居心地が悪い。
きゃんきゃん吼えられるならまだいい。
今までそんなふうに顔を見れば憎まれ口と決まっていたものだから、普通に会話することを不得手ととらえてしまうのだろうか。
二人で任地へと向う朝の車の中からサイファーは感じていた。
こいつといると何故だか耳の後ろあたりがむず痒くなってくる。
じっと見られていると思うと原因の分らない焦燥感が募り手元が狂う。思考が分断される。
こいつが笑うと、それを受け取るのを拒んで視線が逃げる。まるで負け犬のように。
ち、と再びサイファーは舌打ちした。
こいつの、このガキ臭いながらも下手に整った顔がいけないのかもしれない。
助手席の窓を全開にして上機嫌で景色を眺めている横顔などは、
任務の途中なのだということも忘れてずっとそのまま見ているのも悪くないなどと考えてしまう。
そうだ。
こっちが勝手に見ているぶんには何も問題無いのだ。
生意気そうに強く光る瞳はサイファーの性分と重なるところがあり、存外そりが合うのかもしれないなどと思わせる。
それともこのなんとか言うタトゥが物珍しいからこうも目が吸い寄せられるのか───。
「あー、これ?トライバルっつんだぜ?かっけーだろ」
不覚にもまたサイファーの手は止まっていた。
しかもすぐ目の前にゼルの顔があり、そのトライバルとやらをよく見せようとさらに顔を寄せてくるのだ。
鮮やかに染められた黒、それを際立たせている肌は意外にも白くきめ細かい。
鼻の辺りにうっすらとそばかすの跡が残っているその得意げな顔がさらに近付いてきてサイファーは息を呑んだ。
次いで、すっと手が伸びてくる。
「あんたのそれは治んねーのか?スコールのもあのまんまだしなぁ」
躊躇いも無く額の傷を撫でた。
払いのけようとしてサイファーは動くことが出来なかった。
自分以外誰もそれに触れた者はいなかった。
どころか、その話題にさえ触れようとしなかったのに、こいつは。・・・こいつなんかに。
しかし頭の中は真っ白で何も言葉が出てこない。
調子付いたゼルのこの馴れ馴れしい態度を今すぐ止めさせられる台詞、若しくは動作か何かが。
ぴくりとも動けないサイファーのそんな様子には気付かず、ゼルは手を引っ込めると報告書を眺めて感心したように喋り始めた。
あんた、キレーな字書くんだなあ。
試験だって今回は一発だったんだろ?
なんかずりーよな、頭は良いしガンブレの腕は切れるし。そんだけタッパあって、顔は・・・まあ、まーまーだし?
俺なんか頑張って頑張ってやっとここまできたってのに神様ってのはほんと不公平だよなー。
・・・なんてな、別に羨ましくなんかねえぞ?!
あんたみてーに気の短い奴ぜってー友達少ねえだろ。
怒んなよホントのことなんだから。
俺にだって顔見るたびにふっかけてきやがってさ、もうああいうのはナシにしてくれよな。
また一緒の任務もあるだろうし、いざって時に困るだろ、ちゃんと疎通図れてないと。
SeeDはそういうことに気を使うのも仕事のうちだってスコールも言ってたしな。
それに俺、別にあんたのこと前からそんな嫌いじゃなかったぜ?
どっちかつーと興味あんな。なあ、あんた彼女とかいんの?
一方的に話し続けるゼルの話をサイファーは呆然と聞いていた。
何を言っているんだこいつは。ソースのついた指でオレの顔に触りやがった。
何を言っているんだこいつは。あの頃のことは不問にしてやるからみたいな事を、大人ぶって偉そうに。
なのにあんたに興味があると、仔犬みたいに可愛らしい犬歯を覗かせて笑うのだ。こんなに無防備に。
・・・何なんだ、こいつは。
サイファーは、何か得体の知れない大きなものを無理矢理呑み込まされたような気がしてぞっとした。
保てなくなる。これ以上聞いていたら。
「・・・鳥類にも歯があったんだな」
「は?」
「うっせーんだよピーピーピーピー。
一丁前な口聞きやがってこのヒヨコが、マトモなメシのマナーってやつもスコールに教えてもらったらどうだ」
「な・・・、サイファー!!言うなって言っただろ!!」
「あぁん?オレは何も言ってねえぞ。テメエがアレだなんて一言もな?」
「こっのやろ・・・っ」
そこへふと黒い影が割り込んだ。
昼食のトレイを持ったスコールが、ゼルの肩をぽんと叩いたのだ。
「どうしたゼル、サイファーにまたチキンって言われたのか?」
「馬っ鹿、スコールおまえ!違えよ!なに笑ってんだよ!!」
許さねーぞてめ、と首をぎゅうぎゅう締めつけてくるゼルをぶら下げてスコールは悪かった悪かったでも笑ってないぞ俺は、
と笑いながら弁解した。
更に脚を掛けて転ばしてやろうと仕掛けるゼル、
それを必死に防いで「零れる、ゼル、頼むから」とスコールはまた笑いながらトレイを死守する。
まるで猫の仔がじゃれ合うようにひとしきり騒いだ後、
スコールは午後の仕事の指示を指揮官室にいるキスティスから聞いてくれとゼルに言った。
報告書は自分がここでサイファーが書き終わるのを待って受け取る、と。
「了っ解!」と弾むような足取りで食堂から出てゆくゼルを見送り、サイファーへ振り返って、スコールは瞠目した。
わざとらしく咳払いをひとつしてからトレイをテーブルへ置き、迎え入れるように軽く両手を広げてみせた。
「羨ましいなら分けてやるけど?」
サイファーは露骨に嫌な顔をした。
スコールはスコールで冗談に決まっているだろう本当に抱きついたら殺すぞと薄目で笑いながら、
「あんたがそういう顔をしているからだ」と言い放った。
咥えようとしていた煙草をぽろりと落としてサイファーは絶句するしかない。
しばらく黙っていたがどうしようもない。灰皿なんかもあるわけない、所作のしようの無い指が宙を泳ぐ。
そうだ今オレは確かに羨ましかった、なんて死んでも言えない。が、断じて動揺も見せられない。冗談じゃない。
サイファーは椅子に座りなおしペンを握った。
一気に書き上げこれで文句無いだろうとスコールに突き出しさっさと踵を返すと、「サイファー、いいことを教えてやろう」
とすました声が背中を追いかけてくる。
「午後も一緒の任務だ。遅れるなよ」
サイファーは黙って立ち去った。
顔面に張り付けた怖いくらいの無表情で、通りすがりのガーデン生をびびらせながら。
その夜、サイファーはなかなか寝付けなかった。
午後の任務で軽い怪我を負ってしまい、これくらいのことと治療を拒んだのが今になってちりちりと痛みだしたのだ。
早々にベッドに転がったものの、無性に喉が渇いて苛々する。
魔法を使って癒してはみたが、それでもまだ皮膚の上に痛みの残像のようなものが居座っているような気がするのだ。
それは痛みというよりは感触だった。
鮮明に甦ってくる、そこに触れた自分ではない者の指の感覚。
サイファーはそこを掌で何度か擦ってみた。
「・・・いや、やっぱ痛え、か・・・?」
あのときの自分は一体どうしていたのか、普段ならば考えられないような不注意でモンスターに傷を負わされた。
こんなもの怪我のうちに入らねえと強がり、実際大した傷ではなかったのだがサイファーの傍にすっとんで来たゼルは
見せてみろ!と強引に腕を掴んだのだ。
リーチの取れる武器を使わない彼のほうこそこっちを振り向いている余裕なんて無さそうなものなのに、
まるでそれが自分の責任だとでもいうようにすぐさまケアルをかけようとするゼルを制するとどうして、と不思議そうに見返してくる。
それこそこっちが知りたい。
ゼル・ディン。
おまえの所為だろうが。おまえの所為で気が散って仕方が無い。
オレが誰だかわかっているのか。
以前のような物怖じをまるでしなくなったのはスコールがいるからか。
オレが唯一どうあっても勝てないと、勝てなくともそれでいいと認めたあのスコールが。
そう考えると腹の底から激しい怒りが沸いてくる。
けれど昼間のゼルとスコールの他愛ないじゃれ合いにはただ単純に驚かされた。スコールはあんな男ではなかった。
雷神も風神だってそうだ。前からゼルとあんなふうに親しかっただろうか?自分が知らなかっただけなのか。
それは裏切られたような出し抜かれたような妙な感覚だった。
・・・・誰が、誰に。
「・・・・・・マジかよ・・・・・?」
むくりと半身を起した。
誰にともなく問うてみるが無論返事はない。
どうしようもないのだ。
あいつらと同じように気安く絡んで欲しいと思う反面、されたらされたで同列に置くんじゃねえと唾棄したくなる明らかな矛盾。
そして自覚してしまえば自分を止めるものは何も無い。
たとえ1%の可能性も無くとも、「何を馬鹿な」と鼻で笑われて侮蔑の目で見られる結果となったとしても、
欲しいものを欲しいと主張することなしに諦めるなど自分には出来はしないのだ。
そうだ、オレはずっとそうしてきたじゃねえか。
サイファーは自室を出、非常灯だけが灯る薄暗い廊下を足早に歩いた。
直ぐに目的地が見えてくる。
しかしそこからスコールが出てきたのを見てカッと頭に血が上った。
よりによって一番会いたくない奴に。
ギリと睨みつけるが先を制したのはスコールのほうだった。
「サイファー。ゼルに用か?もう寝るって言ってたぞ」
「・・・おまえには関係無え」
「関係無いかもしれないが・・・こんな時間だぞ。一応規則というものもある」
「それじゃおまえだけは例外か?エライもんだな、指揮官サマてのは」
「ああ、それもそうだな。俺も規則を破ってるな」
あいつが、ゼルがもう少しってうるさいからつい長居してしまった。
嫌気の差すような美貌がにやりと笑い、血が逆流しそうになる。
無視して脇を通り抜けようとするのをスコールが止めた。
「いや、面白がってばかりもいられないな。ゼルとはカードをしてただけだ。丁度あんたと話がしたいと思っていた」
「・・・オレにはおまえとお喋りするようなヒマもたのしー話題もねえな」
「ゼルのことだ。手っ取り早く言う。・・・あんたがどんなふうにあいつを思おうが思うだけなら自由だが、
手を出すとなったら話は別だ。あいつを不用意に傷つけたりしたら俺が決して赦さない」
スコールの言葉はもう一片の揶揄も含んでいなかった。真直ぐな視線がサイファーを捕らえて返答を遅らせる。
「・・・・・・つまりゼルとおまえはそーゆー仲だと、オレを牽制してえワケか?」
「勘ぐりたければそれも自由だ。それでゼルが守れるのなら安いものだからな。
だけど、あんたは、・・・・・・もしゼルが、俺のことで頭が一杯で、あんたの入り込む余裕は無いのだと言っても止めないんじゃないのか?
ゼルを見るのを止められないんじゃないのか?」
「・・・・・・・」
「だから俺が忠告している。ついでに言うと、もしそうなら、また別途で刺す釘が要るなという危惧を含めて、だ」
「回りくどいのは無しだ。何が言いてえ」
スコールは目だけでゼルの部屋を振り返った。
サイファーがゼルの部屋を訪れるのはおそらく初めてのことだろう。
ゼルは間違いなくサイファーを歓迎する。自分がいつ来てもそうするように、屈託のないあの笑顔を見せて。
「・・・あいつの良心は感心するほど分け隔てなくて気前がいい。けど、それで誤解を招く事だってあることに気付いていない。
それこそ友達のひとりもいなかったネクラな男や手負いの野犬まで手懐けてしまっても、付き合ってくれてありがとうなんて自分から礼を言うくらいにな。
そうして一度頭を撫でてやった野犬がまた走り寄ってきたらあいつは今度は両手を広げて歓迎するんだ。頭から喰われるかも知れないってのに」
「・・・・・回りくどいのはナシにしろっつったろう。はっきり言え」
「サイファー、最後まで言わせたいのか?あんたがいつもの調子でゼルをチキン扱いしてたら俺は何も心配はしなかった。
なのに、相手が誰であろうと顎で使っていたあんたがしおらしく報告書なんて書かされてる。
午後の任務、ゼルは帰り道助手席で寝ていたそうだな。暖房の効かないあの車じゃ、コート無しではさぞかし寒かったんじゃないのか?
裏がなければ何だ。本気の純愛か?一体どんな風の吹き回しだ」
あんたには似合わない。スコールはそういう顔をしている。ただの気まぐれならこの辺で止めておけ。ゼルは俺の大切な友人なのだと。
スコールは本気で、もしそうとなれば力ずくでもサイファーを排除するつもりなのだろう。
ガンブレードを手にしていない今ならば自分のほうに分があるかもしれない、しかしそこまで考えてサイファーは不意に笑い出してしまった。
こいつも言うようになったもんだ。喧嘩を売るのは自分の専売だった筈なのだが。
こんな時じゃなければ随分男前になったじゃないかと褒めてやりたいくらいだ。
しかしそうさせたのはゼルなのだ。そして自分もまた彼を守ろうとしている。
スコールのそれよりも強烈な使命感、そして子どものような我武者羅な独占欲と下心をもってして。
「・・・ああ、その通りだ。オレらしくもねえよな。だがそれがどうした?刺す釘が要るなら今のうちに念入りに刺しとけよ。
一度決めたらオレは周りが見えなくなるタイプらしいからな」
それで話は終わりか、とサイファーは肩眉を釣り上げた。
サイファーの顔にはそれでも笑みの残滓が残っていてスコールは何故だか拍子抜けしてしまった。
悪くすれば乱闘騒ぎになる覚悟だってしていたのに、喧嘩早いこの男が、何時に無く飄としているではないか。
肩透かしを食ったスコールはまじまじとサイファーを見、ふとその腕に目をとめた。
「午後の任務で作った傷ってそれか。あんたが負傷するとは珍しいが・・・・何故治療を受けなかった?ゼルが気にしていた」
あいつはあれで責任感が強いんだから無駄に心配させるなよ、とそこまで言ってスコールを口を噤んだ。
気にしてたぞ、と言った瞬間のサイファーの微妙な表情の変化に否応無く目がいってしまったのだ。
すかした双眸の冷たい色が緩みそうになるのを慌ててすがめ、それを誤魔化すかのように両手が煙草を捜す。
けれども見つからなくて彷徨った手は仕方なく尻ポケットにつっこまれた。
・・・まさか、この男。
とてつもなく想像しがたいが。
よくよく見れば、セットしたてのようにきっちりと撫で付けた髪はもしかしなくても見た目通りにセットしたてなのじゃなのだろうか。
「・・・そういえばゼル、今日はあんたの話ばかりしていたな。一緒の任務は楽しかったみたいだぞ」
「・・・・・・」
「なあ、悪かったなサイファー。あんたに忠告なんて、俺は全く要らない世話を焼いてしまったな」
「・・・おまえの言う事はいちいちわかんねーよ。ま、いいなら行くぜ?」
スコールは踵を返したサイファーの背中を面白そうに見ていたが、とうとう堪え切れなくなって後ろから声を掛けた。
「おい、歩き難くないか?右手と右足が一緒に出てるぞ」
「!!!」
「ついでにもうひとついいことを教えてやろうか。あんたが泣いて喜びそうなとっておきの情報を」
サイファーは立ち止まった。振り返りたくなかったが振り返った。
もう瞳孔が開いちゃってるかもしれないがこの際矢でも鉄砲でも纏めて持って来やがれという気分だ。笑うなら笑え。
スコールは遠慮なく心底愉快そうに、しかし声をひそめてこそっと囁いた。
「あいつ、恋愛に関しては正真正銘のチキンだぞ。まだキスもしたことがないらしい」
一気に頭に血が上った。
だからな、と続けようとするスコールをサイファーは遮った。
言われるまでも無い。
改めて肝に銘じるとすれば、それはスコールに言われたからではなく自分がゼルをおもうからだ。
ゼルのモラルはおそらく奔放に遊び倒してきた自分とは正反対のところにきちんと収まっているに違いない。
好きな相手とだけ付き合い大切に関係を深めてゆくという、この上なくシンプルでロマンチックな正しい場所に。
小馬鹿にしてきた筈のそれが今痛いほどサイファーを魅了し昂ぶらせる。
──────ゼル。
スコールが消えるのを待ってサイファーは今度こそゼルの部屋の前に立ちドアをノックした。
「あれ、サイファー。珍しいじゃん」
ゼルは眠そうに目を擦りながら、それでも愛想よく何か用かと聞いた。
サイファーが腕を突き出して「痛えから何とかしてくれ」と言うとゼルはいきなり「このばっかやろう!」とサイファーの足を蹴りつけた。
「なんで保健室が開いてるうちに行かねえんだよ!今まで我慢してたのか?」
「・・・・・・・あー、そうだな」
「そうだなじゃねえよ!だからあん時すぐ治癒魔法使っときゃよかったのに・・・。
痛いなら早く言えよな!!ってかあんた、痛覚鈍いんじゃねえの?」
きりりと睨み上げてくる視線が強い。
唇からちらりと白い犬歯がのぞいてサイファーの心臓がどくりと脈打った。
彼が欲しい。丸ごと全部。
強引に抱きしめて全てを奪ってしまいたいけれども自分は絶対にそうは出来ないのだろう。
臆病なのではない。その唇がいいと言ってくれるのでなければ駄目なのだ。
「・・・確かに多少鈍いかもしれねえが、ちゃんと気がついたぜ」
「あ?」
人に心配かけといてなんなんだ。
ゼルは腕を突き出してくるサイファーをむっとしたまま見上げた。
相変わらず尊大な態度だがどこか落ち着きが足りないように映るのは何故だろう。
傷を確かめようと腕を触ると痛いのかサイファーがピクリと動く。
そんなに痛いのか、とゼルが問うとサイファーは息を整え、長身を屈めてゼルの目の前にぐいと顔を近づけてきた。
「ここはおまえが触ったから痛えんだ。おまえが好きだからだ。おい、オレはまだ”まあまあ”か?」
「・・・・は?」
サイファーはどうにも困ったという顔をしている。
それでも一歩も引く気はないらしく、間近に迫られたままのゼルは身動きが取れない。
・・・今、何て言った?
おそるおそる聞きなおすと低い声がもう一度、言い聞かせるように上から降ってきた。
あのな、オレはおまえが────。
サイファーがへタレですいません。出来はともかく、時間だけは無駄にかけて書いたかわいい子です。
目にしてくださった方々、ありがとうございました。ゼルおめでとうの気持ちを込めて。
03112007