流石に黙りこんでゼルはサイファーの手元を見やった。
指示は要らないと言うだけあって、書くと決めたらサイファーはすらすらと報告書の白い欄を埋めてゆく。
なら最初っからそうしろよな、と言いたいのを堪えてゼルは口の中のものを咀嚼した。
いきなり有能なのは気に入らないけど、任せていいなら折角の食事を楽しんだほうが自分にとっては幸福だ。
そうしてしばらく各々の作業に専念していたが、サイファーがふと顔を上げた。

「おい、入手したモルボルの触手。おまえいくつだ?」
「あ?えーと、触手10本、呪いの爪も10本」
「あと訓練生用にグラビデが多めに欲しいってセンセーに言われてたろ。ドローしたか?」
「やっべ!忘れてた!!あんたよく覚えてんなあ」

俺だけ怒られんのかよー、などと言う割りにはキレイに分割された鳥のソテーを次々に口に運ぶゼルの顔は幸せそのものである。
サイファーはそんなゼルの顔をしばし注視した。
ゼルが気がついてにっと笑う。
ずいと突き出してきたフォークの先に、肉汁を滴らせたソテーが刺さっている。

「ほれ、一切れやる」
「・・・いらねえ」
「そ?腹減ってんじゃねーの?」

しかしゼルはそれ以上勧めずに自らの口をあーんと開けた。
典型的な、好きなものから真っ先に平らげてゆくタイプだ。
唇の端についたソースを細い舌がぺろりと舐めた。
・・・共食い。
言いかけた言葉を飲み込んでサイファーは視線を報告書へと無理矢理戻した。
心中密かに舌打ちする。
ただのガキだ。
この金色のトサカの中身は至って軽そうで、鼻の頭にバンソウコウを貼り付けたりなんかしているのはモンスターにやられたのではなく、
先ほどそこいらの捨て猫にかまって引っかかれたからだ。
くるくると感心するくらいよく動く表情は、スコールに「任務完了しました」などと書類を携えて報告するよりは
「宿題終ったぜー!」と飛び込んでゆくほうが断然しっくりくるだろう。菓子かなにかのご褒美を目当てに。
一部の女子の間ではそれがカワイイとか母性本能をくすぐるとか言われているのもサイファーは知っている。
しかし自分は気に入らないのだ。
どうにも居心地が悪い。
きゃんきゃん吼えられるならまだいい。
今までそんなふうに顔を見れば憎まれ口と決まっていたものだから、普通に会話することを不得手ととらえてしまうのだろうか。
二人で任地へと向う朝の車の中からサイファーは感じていた。
こいつといると何故だか耳の後ろあたりがむず痒くなってくる。
じっと見られていると思うと原因の分らない焦燥感が募り手元が狂う。思考が分断される。
こいつが笑うと、それを受け取るのを拒んで視線が逃げる。まるで負け犬のように。
ち、と再びサイファーは舌打ちした。
こいつの、このガキ臭いながらも下手に整った顔がいけないのかもしれない。
助手席の窓を全開にして上機嫌で景色を眺めている横顔などは、
任務の途中なのだということも忘れてずっとそのまま見ているのも悪くないなどと考えてしまう。
そうだ。
こっちが勝手に見ているぶんには何も問題無いのだ。
生意気そうに強く光る瞳はサイファーの性分と重なるところがあり、存外そりが合うのかもしれないなどと思わせる。
それともこのなんとか言うタトゥが物珍しいからこうも目が吸い寄せられるのか───。

「あー、これ?トライバルっつんだぜ?かっけーだろ」

不覚にもまたサイファーの手は止まっていた。
しかもすぐ目の前にゼルの顔があり、そのトライバルとやらをよく見せようとさらに顔を寄せてくるのだ。
鮮やかに染められた黒、それを際立たせている肌は意外にも白くきめ細かい。
鼻の辺りにうっすらとそばかすの跡が残っているその得意げな顔がさらに近付いてきてサイファーは息を呑んだ。
次いで、すっと手が伸びてくる。

「あんたのそれは治んねーのか?スコールのもあのまんまだしなぁ」

躊躇いも無く額の傷を撫でた。
払いのけようとしてサイファーは動くことが出来なかった。
自分以外誰もそれに触れた者はいなかった。
どころか、その話題にさえ触れようとしなかったのに、こいつは。・・・こいつなんかに。
しかし頭の中は真っ白で何も言葉が出てこない。
調子付いたゼルのこの馴れ馴れしい態度を今すぐ止めさせられる台詞、若しくは動作か何かが。
ぴくりとも動けないサイファーのそんな様子には気付かず、ゼルは手を引っ込めると報告書を眺めて感心したように喋り始めた。

あんた、キレーな字書くんだなあ。
試験だって今回は一発だったんだろ?
なんかずりーよな、頭は良いしガンブレの腕は切れるし。そんだけタッパあって、顔は・・・まあ、まーまーだし?
俺なんか頑張って頑張ってやっとここまできたってのに神様ってのはほんと不公平だよなー。
・・・なんてな、別に羨ましくなんかねえぞ?!
あんたみてーに気の短い奴ぜってー友達少ねえだろ。
怒んなよホントのことなんだから。
俺にだって顔見るたびにふっかけてきやがってさ、もうああいうのはナシにしてくれよな。
また一緒の任務もあるだろうし、いざって時に困るだろ、ちゃんと疎通図れてないと。
SeeDはそういうことに気を使うのも仕事のうちだってスコールも言ってたしな。
それに俺、別にあんたのこと前からそんな嫌いじゃなかったぜ?
どっちかつーと興味あんな。なあ、あんた彼女とかいんの?

一方的に話し続けるゼルの話をサイファーは呆然と聞いていた。
何を言っているんだこいつは。ソースのついた指でオレの顔に触りやがった。
何を言っているんだこいつは。あの頃のことは不問にしてやるからみたいな事を、大人ぶって偉そうに。
なのにあんたに興味があると、仔犬みたいに可愛らしい犬歯を覗かせて笑うのだ。こんなに無防備に。
・・・何なんだ、こいつは。
サイファーは、何か得体の知れない大きなものを無理矢理呑み込まされたような気がしてぞっとした。
保てなくなる。これ以上聞いていたら。

「・・・鳥類にも歯があったんだな」
「は?」
「うっせーんだよピーピーピーピー。
一丁前な口聞きやがってこのヒヨコが、マトモなメシのマナーってやつもスコールに教えてもらったらどうだ」
「な・・・、サイファー!!言うなって言っただろ!!」
「あぁん?オレは何も言ってねえぞ。テメエがアレだなんて一言もな?」
「こっのやろ・・・っ」

そこへふと黒い影が割り込んだ。
昼食のトレイを持ったスコールが、ゼルの肩をぽんと叩いたのだ。

「どうしたゼル、サイファーにまたチキンって言われたのか?」
「馬っ鹿、スコールおまえ!違えよ!なに笑ってんだよ!!」

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