許さねーぞてめ、と首をぎゅうぎゅう締めつけてくるゼルをぶら下げてスコールは悪かった悪かったでも笑ってないぞ俺は、
と笑いながら弁解した。
更に脚を掛けて転ばしてやろうと仕掛けるゼル、
それを必死に防いで「零れる、ゼル、頼むから」とスコールはまた笑いながらトレイを死守する。
まるで猫の仔がじゃれ合うようにひとしきり騒いだ後、
スコールは午後の仕事の指示を指揮官室にいるキスティスから聞いてくれとゼルに言った。
報告書は自分がここでサイファーが書き終わるのを待って受け取る、と。
「了っ解!」と弾むような足取りで食堂から出てゆくゼルを見送り、サイファーへ振り返って、スコールは瞠目した。
わざとらしく咳払いをひとつしてからトレイをテーブルへ置き、迎え入れるように軽く両手を広げてみせた。
「羨ましいなら分けてやるけど?」
サイファーは露骨に嫌な顔をした。
スコールはスコールで冗談に決まっているだろう本当に抱きついたら殺すぞと薄目で笑いながら、
「あんたがそういう顔をしているからだ」と言い放った。
咥えようとしていた煙草をぽろりと落としてサイファーは絶句するしかない。
しばらく黙っていたがどうしようもない。灰皿なんかもあるわけない、所作のしようの無い指が宙を泳ぐ。
そうだ今オレは確かに羨ましかった、なんて死んでも言えない。が、断じて動揺も見せられない。冗談じゃない。
サイファーは椅子に座りなおしペンを握った。
一気に書き上げこれで文句無いだろうとスコールに突き出しさっさと踵を返すと、「サイファー、いいことを教えてやろう」
とすました声が背中を追いかけてくる。
「午後も一緒の任務だ。遅れるなよ」
サイファーは黙って立ち去った。
顔面に張り付けた怖いくらいの無表情で、通りすがりのガーデン生をびびらせながら。
その夜、サイファーはなかなか寝付けなかった。
午後の任務で軽い怪我を負ってしまい、これくらいのことと治療を拒んだのが今になってちりちりと痛みだしたのだ。
早々にベッドに転がったものの、無性に喉が渇いて苛々する。
魔法を使って癒してはみたが、それでもまだ皮膚の上に痛みの残像のようなものが居座っているような気がするのだ。
それは痛みというよりは感触だった。
鮮明に甦ってくる、そこに触れた自分ではない者の指の感覚。
サイファーはそこを掌で何度か擦ってみた。
「・・・いや、やっぱ痛え、か・・・?」
あのときの自分は一体どうしていたのか、普段ならば考えられないような不注意でモンスターに傷を負わされた。
こんなもの怪我のうちに入らねえと強がり、実際大した傷ではなかったのだがサイファーの傍にすっとんで来たゼルは
見せてみろ!と強引に腕を掴んだのだ。
リーチの取れる武器を使わない彼のほうこそこっちを振り向いている余裕なんて無さそうなものなのに、
まるでそれが自分の責任だとでもいうようにすぐさまケアルをかけようとするゼルを制するとどうして、と不思議そうに見返してくる。
それこそこっちが知りたい。
ゼル・ディン。
おまえの所為だろうが。おまえの所為で気が散って仕方が無い。
オレが誰だかわかっているのか。
以前のような物怖じをまるでしなくなったのはスコールがいるからか。
オレが唯一どうあっても勝てないと、勝てなくともそれでいいと認めたあのスコールが。
そう考えると腹の底から激しい怒りが沸いてくる。
けれど昼間のゼルとスコールの他愛ないじゃれ合いにはただ単純に驚かされた。スコールはあんな男ではなかった。
雷神も風神だってそうだ。前からゼルとあんなふうに親しかっただろうか?自分が知らなかっただけなのか。
それは裏切られたような出し抜かれたような妙な感覚だった。
・・・・誰が、誰に。
「・・・・・・マジかよ・・・・・?」
むくりと半身を起した。
誰にともなく問うてみるが無論返事はない。
どうしようもないのだ。
あいつらと同じように気安く絡んで欲しいと思う反面、されたらされたで同列に置くんじゃねえと唾棄したくなる明らかな矛盾。
そして自覚してしまえば自分を止めるものは何も無い。
たとえ1%の可能性も無くとも、「何を馬鹿な」と鼻で笑われて侮蔑の目で見られる結果となったとしても、
欲しいものを欲しいと主張することなしに諦めるなど自分には出来はしないのだ。
そうだ、オレはずっとそうしてきたじゃねえか。
サイファーは自室を出、非常灯だけが灯る薄暗い廊下を足早に歩いた。
直ぐに目的地が見えてくる。
しかしそこからスコールが出てきたのを見てカッと頭に血が上った。
よりによって一番会いたくない奴に。
ギリと睨みつけるが先を制したのはスコールのほうだった。
「サイファー。ゼルに用か?もう寝るって言ってたぞ」
「・・・おまえには関係無え」
「関係無いかもしれないが・・・こんな時間だぞ。一応規則というものもある」
「それじゃおまえだけは例外か?エライもんだな、指揮官サマてのは」
「ああ、それもそうだな。俺も規則を破ってるな」
あいつが、ゼルがもう少しってうるさいからつい長居してしまった。
嫌気の差すような美貌がにやりと笑い、血が逆流しそうになる。
無視して脇を通り抜けようとするのをスコールが止めた。
「いや、面白がってばかりもいられないな。ゼルとはカードをしてただけだ。丁度あんたと話がしたいと思っていた」
「・・・オレにはおまえとお喋りするようなヒマもたのしー話題もねえな」
「ゼルのことだ。手っ取り早く言う。・・・あんたがどんなふうにあいつを思おうが思うだけなら自由だが、
手を出すとなったら話は別だ。あいつを不用意に傷つけたりしたら俺が決して赦さない」
スコールの言葉はもう一片の揶揄も含んでいなかった。真直ぐな視線がサイファーを捕らえて返答を遅らせる。
「・・・・・・つまりゼルとおまえはそーゆー仲だと、オレを牽制してえワケか?」
「勘ぐりたければそれも自由だ。それでゼルが守れるのなら安いものだからな。
だけど、あんたは、・・・・・・もしゼルが、俺のことで頭が一杯で、あんたの入り込む余裕は無いのだと言っても止めないんじゃないのか?
ゼルを見るのを止められないんじゃないのか?」
「・・・・・・・」
「だから俺が忠告している。ついでに言うと、もしそうなら、また別途で刺す釘が要るなという危惧を含めて、だ」
「回りくどいのは無しだ。何が言いてえ」
スコールは目だけでゼルの部屋を振り返った。
サイファーがゼルの部屋を訪れるのはおそらく初めてのことだろう。
ゼルは間違いなくサイファーを歓迎する。自分がいつ来てもそうするように、屈託のないあの笑顔を見せて。
前頁/次頁