「・・・あいつの良心は感心するほど分け隔てなくて気前がいい。けど、それで誤解を招く事だってあることに気付いていない。
それこそ友達のひとりもいなかったネクラな男や手負いの野犬まで手懐けてしまっても、付き合ってくれてありがとうなんて自分から礼を言うくらいにな。
そうして一度頭を撫でてやった野犬がまた走り寄ってきたらあいつは今度は両手を広げて歓迎するんだ。頭から喰われるかも知れないってのに」
「・・・・・回りくどいのはナシにしろっつったろう。はっきり言え」
「サイファー、最後まで言わせたいのか?あんたがいつもの調子でゼルをチキン扱いしてたら俺は何も心配はしなかった。
なのに、相手が誰であろうと顎で使っていたあんたがしおらしく報告書なんて書かされてる。
午後の任務、ゼルは帰り道助手席で寝ていたそうだな。暖房の効かないあの車じゃ、コート無しではさぞかし寒かったんじゃないのか?
裏がなければ何だ。本気の純愛か?一体どんな風の吹き回しだ」
あんたには似合わない。スコールはそういう顔をしている。ただの気まぐれならこの辺で止めておけ。ゼルは俺の大切な友人なのだと。
スコールは本気で、もしそうとなれば力ずくでもサイファーを排除するつもりなのだろう。
ガンブレードを手にしていない今ならば自分のほうに分があるかもしれない、しかしそこまで考えてサイファーは不意に笑い出してしまった。
こいつも言うようになったもんだ。喧嘩を売るのは自分の専売だった筈なのだが。
こんな時じゃなければ随分男前になったじゃないかと褒めてやりたいくらいだ。
しかしそうさせたのはゼルなのだ。そして自分もまた彼を守ろうとしている。
スコールのそれよりも強烈な使命感、そして子どものような我武者羅な独占欲と下心をもってして。
「・・・ああ、その通りだ。オレらしくもねえよな。だがそれがどうした?刺す釘が要るなら今のうちに念入りに刺しとけよ。
一度決めたらオレは周りが見えなくなるタイプらしいからな」
それで話は終わりか、とサイファーは肩眉を釣り上げた。
サイファーの顔にはそれでも笑みの残滓が残っていてスコールは何故だか拍子抜けしてしまった。
悪くすれば乱闘騒ぎになる覚悟だってしていたのに、喧嘩早いこの男が、何時に無く飄としているではないか。
肩透かしを食ったスコールはまじまじとサイファーを見、ふとその腕に目をとめた。
「午後の任務で作った傷ってそれか。あんたが負傷するとは珍しいが・・・・何故治療を受けなかった?ゼルが気にしていた」
あいつはあれで責任感が強いんだから無駄に心配させるなよ、とそこまで言ってスコールを口を噤んだ。
気にしてたぞ、と言った瞬間のサイファーの微妙な表情の変化に否応無く目がいってしまったのだ。
すかした双眸の冷たい色が緩みそうになるのを慌ててすがめ、それを誤魔化すかのように両手が煙草を捜す。
けれども見つからなくて彷徨った手は仕方なく尻ポケットにつっこまれた。
・・・まさか、この男。
とてつもなく想像しがたいが。
よくよく見れば、セットしたてのようにきっちりと撫で付けた髪はもしかしなくても見た目通りにセットしたてなのじゃなのだろうか。
「・・・そういえばゼル、今日はあんたの話ばかりしていたな。一緒の任務は楽しかったみたいだぞ」
「・・・・・・」
「なあ、悪かったなサイファー。あんたに忠告なんて、俺は全く要らない世話を焼いてしまったな」
「・・・おまえの言う事はいちいちわかんねーよ。ま、いいなら行くぜ?」
スコールは踵を返したサイファーの背中を面白そうに見ていたが、とうとう堪え切れなくなって後ろから声を掛けた。
「おい、歩き難くないか?右手と右足が一緒に出てるぞ」
「!!!」
「ついでにもうひとついいことを教えてやろうか。あんたが泣いて喜びそうなとっておきの情報を」
サイファーは立ち止まった。振り返りたくなかったが振り返った。
もう瞳孔が開いちゃってるかもしれないがこの際矢でも鉄砲でも纏めて持って来やがれという気分だ。笑うなら笑え。
スコールは遠慮なく心底愉快そうに、しかし声をひそめてこそっと囁いた。
「あいつ、恋愛に関しては正真正銘のチキンだぞ。まだキスもしたことがないらしい」
一気に頭に血が上った。
だからな、と続けようとするスコールをサイファーは遮った。
言われるまでも無い。
改めて肝に銘じるとすれば、それはスコールに言われたからではなく自分がゼルをおもうからだ。
ゼルのモラルはおそらく奔放に遊び倒してきた自分とは正反対のところにきちんと収まっているに違いない。
好きな相手とだけ付き合い大切に関係を深めてゆくという、この上なくシンプルでロマンチックな正しい場所に。
小馬鹿にしてきた筈のそれが今痛いほどサイファーを魅了し昂ぶらせる。
──────ゼル。
スコールが消えるのを待ってサイファーは今度こそゼルの部屋の前に立ちドアをノックした。
「あれ、サイファー。珍しいじゃん」
ゼルは眠そうに目を擦りながら、それでも愛想よく何か用かと聞いた。
サイファーが腕を突き出して「痛えから何とかしてくれ」と言うとゼルはいきなり「このばっかやろう!」とサイファーの足を蹴りつけた。
「なんで保健室が開いてるうちに行かねえんだよ!今まで我慢してたのか?」
「・・・・・・・あー、そうだな」
「そうだなじゃねえよ!だからあん時すぐ治癒魔法使っときゃよかったのに・・・。
痛いなら早く言えよな!!ってかあんた、痛覚鈍いんじゃねえの?」
きりりと睨み上げてくる視線が強い。
唇からちらりと白い犬歯がのぞいてサイファーの心臓がどくりと脈打った。
彼が欲しい。丸ごと全部。
強引に抱きしめて全てを奪ってしまいたいけれども自分は絶対にそうは出来ないのだろう。
臆病なのではない。その唇がいいと言ってくれるのでなければ駄目なのだ。
「・・・確かに多少鈍いかもしれねえが、ちゃんと気がついたぜ」
「あ?」
人に心配かけといてなんなんだ。
ゼルは腕を突き出してくるサイファーをむっとしたまま見上げた。
相変わらず尊大な態度だがどこか落ち着きが足りないように映るのは何故だろう。
傷を確かめようと腕を触ると痛いのかサイファーがピクリと動く。
そんなに痛いのか、とゼルが問うとサイファーは息を整え、長身を屈めてゼルの目の前にぐいと顔を近づけてきた。
「ここはおまえが触ったから痛えんだ。おまえが好きだからだ。おい、オレはまだ”まあまあ”か?」
「・・・・は?」
サイファーはどうにも困ったという顔をしている。
それでも一歩も引く気はないらしく、間近に迫られたままのゼルは身動きが取れない。
・・・今、何て言った?
おそるおそる聞きなおすと低い声がもう一度、言い聞かせるように上から降ってきた。
あのな、オレはおまえが────。
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サイファーがへタレですいません。出来はともかく、時間だけは無駄にかけて書いたかわいい子です。
目にしてくださった方々、ありがとうございました。ゼルおめでとうの気持ちを込めて。
03112007
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