Time after Time
はあはあと肩で息をするゼルの額や首筋を、幾筋もの汗が流れ落ちた。
入り口側から右回りに訓練施設の最奥まで行き、再び戻って来る。それを一体、何度繰り返しただろう。
ガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうな膝にゼルはさすがに自分の体が限界に近いことを知る。
幾度か大きく息を吐き出し、ゼルはそのまま背後のフェンスにもたれるようにずるずると座り込んだ。
入り口付近のこの場所は緩衝地帯だからモンスターが出てくる危険性はない。戦場とは違い、ここで座り込む分には身の安全は保証されている。
だからと言ってこんなところでへばっている姿をサイファーにでも見られれば何を言われるか分ったものではないが。
あの男のことだ。
これ幸いとばかりにガキだチキンだと盛大に罵ってくれるに決まっている。
「つか、何であいつのことなんて思いだすかな…」
結局、何をどうしても忘れることなど出来はしないのだ。
忘れた風を装うことは出来たとしても、ゼルの中に刻み込まれたサイファーの存在そのものは消えない。
ならばいっそ。
不安に苛まれようとも、嫉妬に身を焦がそうとも。
隣にいられただけ、あの時の方がマシだったのではないだろうか。
「……やってらんねぇ」
「何がやってらんねぇってんだ、このバカチキン」
「…………ばかばかし過ぎてやってらんねって…へ?」
聞こえてきた声に思わず無意識で返したゼルは、次いで慌てて顔を上げた。
微塵の気配も感じなかったと言うのに、そこにいたのは紛れもない白いコートの姿。
「バカも休み休みにしろよ、チキン。てめぇが今度は何しでかすかってこっちは気の休まる暇もねぇ」
「バカでもなけりゃ、チキンでもねぇっ!つか、なんであんたがここにいんだよサイファー!」
「ああ?どっかの頭が足りねぇ上に言葉の不自由なバカをそろそろ許してやろうかって部屋まで行ったらいやしねぇ。わざわざ探して来てやったんだ、ありがたく思え」
「誰も探してくれなんて言ってねぇだろ!勝手にやっといて偉そうに言うなっ!!」
「…まだ足りねぇってか」
「……な、何がだよっ」
喚き散らすゼルを愉快そうに眺め、そっと膝を折ったサイファーに見つめられ。
一体何が起こっているのかと困惑を隠せないゼルの体は軽々と抱き上げられる。
「っ、降ろせばかっ!」
「膝も立たねぇぐれぇに暴れておいて、まだ喚く元気は残ってんのか?」
「知るか、んなのっ!だいたい、あんたと俺は別れたんだろ!?意味の分んねぇことすんじゃねぇ!」
別れると言って部屋を出て行ったのはサイファーの方だ。
それを今更、何を思ってこんな風に扱うのか。
「誰も別れるなんて言ってねぇだろ、てめぇの勝手な思い込みで話進めんじゃねぇ」
「………なっ」
降ろせと喚きながら今にもサイファーの髪を掴んで引っ張ろうとしていたゼルの動きがその言葉にぴたりと止まる。
「あんたが言ったんだろ!別れてぇのかっ……て…あ、れ…?」
「俺は一言だっててめぇと別れるなんざ言ってねぇ」
「それこそ意味分んねぇだろっ、俺に分る様に説明ぐれぇしろ、このっ!」
「何でもいいがちったあ静かにしろ。んな情けねぇ格好、誰かに見られてぇっつうんなら止めはしねぇがな」
「……う」
サイファーの腕に抱き上げられたまま喚いている内に、いつの間にか訓練施設の外へと運ばれていた。
寮も程近い場所で大声を上げていればサイファーの言う通り。いつ誰がひょっこりと部屋から顔を覗かせるか分らない。
「てめぇがあんましグズグズ言うから、ちっとばかし嫌がらせしてやっただけじゃねぇか」
「嫌がらせって何だよ、それ!」
「したくもなんだろうが。人の顔見りゃ言葉は飲み込む、言いてぇことの半分も口にはしねぇ。それじゃ何のために付き合ってんだか分んなくなっちまうだろ」
「…そ、れは……」
「だからてめぇはバカだってんだよ。少しは懲りたか」
「つ…か、何であんたに嫌がらせされなきゃなんねぇんだよ!元はと言えばあんたがっ」
ゼルの部屋の前まで移動したサイファーはそこで足を止め、もう一度顔を覗く。
「……俺が?」
「あんたが、何にも言ってくんねぇからっ…付き合ってるかどうかも分んねぇし色々考えちまうんじゃねぇかっ!」
「分んねぇのはてめぇがバカだからだろ。どうでもいい相手に口割らせるために、俺がわざわざこんな手ぇ込んだことするかってんだ」
「んなの、は…」
「まぁ、年に一度ぐれぇなら大盤振る舞いしてやってもいいけどな」
忘れてんだろ、チキン。
今日は何の日だ。
「…………あ」
「トリ頭は幾つんなってもトリ頭のままか?まさかてめぇの誕生日まで忘れてやがるとはさすがだぜ」
「うるせぇ!勿体つけてねぇでとっとと言えっ!」
「焦るこたぁねぇ。部屋ん中で嫌っつうほど、聞かせてやるよ…ゼル」
「あんたって…本当に……」
「あん?最高の恋人だろうが。トリ頭でも一生忘れねぇだけの愛の言葉を聞かせてやろうってんだからな」
「ばか、や…ろ……」
耳元に注がれた艶めいた囁きに気恥ずかしさから脱力したゼルはサイファーの肩口に顔を埋める。
このドアの向こうで。
幾度も繰り返し朝まで聞かされるだろう言葉を思ってゼルは更に頬を赤くした。
間に合わないかと泡を食いましたが、ギリギリ滑り込みセーフなゼルのお誕生日記念。
性懲りもなく意地クソ悪いサイファーと、やっぱり一人でぐるぐるしちゃうゼルですが。
割れ鍋に何とかなこの二人が大好きなのでお許し頂ければと思います。
Happy Birthday Zell!
2007.03 如月アヤ
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