Love In the First Degree(1)


1

水を打ったように静まり返った、室内。
一様に茫然とした表情でこちらを見つめている、顔、顔、顔。
今し方まで部屋の中に渦巻いていた汗ばむほどの熱気も浮ついた喧噪も、一瞬にして消え失せ、跡形もない。
一切の時間が、止まってしまったかのようだ。
ゼルは、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
スローモーションで周囲を見回し、とある箇所で視線が止まる。
奴は、グラスを口許に運びかけたまま、固まっていた。
一見無感情なその翠色の瞳に、ゼルは己の中の何かが音を立てて崩れ落ちるのを感じていた。


年が明けてまもないある日、新年会をやろうと言い出したのはセルフィだった。
たまたまいつものメンバーが揃ってガーデンにいたものだから、突発的に思いついたものらしい。
だが思いつくのは突然でも、そこで即行動に移るのがセルフィのセルフィたるゆえんだ。
こんな機会はそうそうないしたまには息抜きも必要だ、と学園長と説き伏せ、あまつさえ総司令官室を一晩占拠する特別許可とアルコール持ち込み許可まで取り付けてしまった。
その総司令官室の主はというとさすがに最初憮然とした表情だったが、彼自身も「いつものメンバー」に入っている以上、頷かざるを得ない。
結局、いつもの六人に加えガーデンにいたSeeD連中を交えた十数名で、新年会は盛大に行われることになったのだ。

小一時間もするといい具合にアルコールが回り、総司令官室内は明るい笑い声で満ち溢れた。
一旦任務につけば昼夜を問わず緊張を強いられ、傭兵として常にプロフェッショナルな技術を求められるSeeD達も、任務を離れればごくごく普通の若者であり、年齢的にも学生らとさして変わらない。
まして気心の知れた仲間同士ならなおのこと、羽目も外れるというものである。
あまり酒に免疫のないゼルも、その雰囲気に呑まれてすでにグラス数杯のビールを空けていた。
隣では、赤い顔をしたニーダが、ゼルに問われるままにガーデンの操舵法について一演説をぶっている。
セルフィは陽気に笑顔を振りまきながらそちらこちらに酌をして回り、キスティスは静かにグラスを傾けながら傍らのシュウとにこやかに言葉をかわしていた。
アーヴァインは、後輩SeeDの女性二人に愛想のいい声をかけ、スコールはいつもと同じ無表情のまま、それでもいつもよりずっと多い口数で、隣のサイファーと熱心に何かを議論している様子だった。
無礼講というにふさわしい喧噪の中、立ち上がって口火を切ったのが、いささか呂律が怪しくなりかけたセルフィだった。

「んじゃ、今年もよろしくってことでえ。みんなの新年のほーふとかいってみよかあ。みんな、どないや?」
いいねえ、と笑顔でアーヴァインが手を打ち、キスティスがそうねえ私も聞きたいわと頷いた。
「ウチはあ、ええと学園祭実行委員としてえ、今年は去年以上に盛大な学園祭にしたいでーす! 実行委員年中無休で募集中やさかい、みなよろしくう!」
明るい声を張り上げたセルフィにどこからともなく口笛が飛び、喝采が起きる。
「ほな次はあ?」
「スコール、行けよ!」
「そうだそうだ、総司令官に何か言ってもらわなきゃ。」
口々に名を呼ばれて、サイファーとの会話を中断したスコールは、あからさまに顔をしかめた。
それでも渋々立ち上がったのは、やはりアルコールのおかげだろう。
かすかに上気した頬と桜色に染まった眦が、ますます彼の美貌を際立たせ、どこからともなく賛嘆の溜息が漏れる。
「抱負と言っても‥‥ガーデンの発展とSeeDの安全の他、特に望むものなんてない。」
素っ気ない声でそう言い放っただけで、スコールはさっさと着座した。
だがそんな陳腐で通り一辺倒な台詞でも、スコールの口から出ると説得力がある。
気がきかないなどととがめる者は誰もおらず、それどころか拍手が沸き起こった。
続いてアーヴァイン、キスティス、シュウと着席順に順番が回り、それぞれにSeeDの階級アップとかどこそこに行ってみたいとか、他愛もない発言が続いて、やがてゼルの番になった。
隣のニーダにせっつかれながら立ち上がると、セルフィが大きな瞳をくるくるさせながらぱちぱちと手を叩く。

「やあっとゼルの番やね。ゼルの抱負はあ?」
「オレは‥‥」
酔っているせいで足元がふらつき、思うように頭が働かなかった。
視界が靄がかったようではっきりせず、一斉にこちらを注目する皆の顔も幾重にもだぶって見える。
「ええとオレは‥。‥こそ‥‥りてえ、かな。」
「え、なあにい?」
ほとんど向かい側に座っているので声が届かなかったのだろう。
セルフィは耳に手を当てて聞き返し、身を乗り出す。
ゼルは咳払いし、胸をそらして、今度は声を張り上げた。
「だからあ、オレは! 今年こそサイファーに告りてえ、つったの! 今年こそちゃんとはっきり、自分の気持ちを打ち明けてえんだよ!」

────水を打ったように静まり返った、室内。
一様に茫然とした表情でこちらを見つめている、顔、顔、顔。
しまった、と後悔したが、遅かった。
いっぺんに酔いが醒め、おまけにサイファーと目が合ってしまって、頭の中は真っ白になった。
よりにもよって、当人がいるこの場で。
オレは、何を。なんて馬鹿なこと、を──。

永遠とも思える静寂が続き、やがて、ひそひそと交される囁き声で徐々に部屋の空気がさざめき始めた。
──なに、なんだって?
──告る、って聞こえたたぜ?
──自分の気持ちって、なんだよ、それ?
──それってつまり。

「‥‥ゼル。それって‥‥」
泣き笑いみたいな顔になって、恐る恐るセルフィが口を開いた。
「えっと。すでに告ってる‥‥と思うんやけど‥‥。」
立ち尽くしたままのゼルはパニックに陥り、何と答えていいか解らなかった。
喉はからからで、視界が回り、血の気の失せた四肢がぶるぶると震えた。
すると突然、セルフィの傍らにいたアーヴァインがソファから立ち上がった。
「もう、ゼルってばやだなあ。そんならしくもない冗談言うなんて。もしかして悪酔いしちゃった?」
わざとらしいくらいにおどけた調子で言いながら、つかつかとこちらへ歩み寄り、卒倒しそうになっているゼルの腕を素早く支える。
ゼルは、ぼんやりとアーヴァインの顔を振り仰いだ。
支えられたことで、条件反射的に力が抜ける。
アーヴァインは、大丈夫だよ、とあるかなしかの声で囁き、ついとセルフィを振り返った。

「ちょっと酔いを冷ましてくるよ。セフィ、後頼むね。」
「う、うん、解った。」
ひきつった頬のままセルフィは何度もうんうんと頷いた。
それを見届け、アーヴァインはゼルに向き直る。
「行こう、ゼル。」
なにがなんだか、解らなかった。
ただ促されるまま、肩を抱かれるようにしてドアに向かう。
「ほな気をとりなおして次いこ! 次はえっと、ニーダや、ほら何か言うたって!!」
「あ、はいはいっ‥‥俺は、その、一度でいいからガルバディアガーデンの操舵をしてみたいです!」
皆を煽るセルフィとニーダの声を背中に聞きながら、ゼルはアーヴァインと二人、静かに部屋を出た。
去り際に、あの男の姿が視界の隅を横切ったけれど。
サイファーはまるで何事もなかったかのようにグラスを煽っているだけで、こちらに目線ひとつ寄越しはしなかった。

To be continued.
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