Love In the First Degree(2)




「ゼル。‥‥大丈夫?」

冷たい夜風に白い息をさらわれながら、アーヴァインはゼルの顔を覗き込んだ。
青白いガーデン支冠灯の光が照らす屋外デッキは、季節が季節なだけに爪先から凍り付きそうなほどに寒い。
澄み渡った冬の夜空はきっと満点の星空なのだろうけれど、支冠灯のせいでほとんど見えない。
ただ、東の空に、今にも溶けてなくなりそうなほど細くて、頼りない三日月が出ていた。

「びっくりしたよ。まさかいきなり告白するとは思わなかったから。まあ、君らしいって言えば君らしいけどね。」
すぐ目の前で、穏やかな群青色の瞳が笑っている。
ゼルは小刻みに唇を震わせた。
「オレ‥‥馬鹿なこと‥‥」
「僕、知ってたよ。君がサイファーを好きなんだってこと。」
「え。」
目を見張ると、アーヴァインは静かに頷いた。
「セフィもキスティも気付いてると思うよ。もしかしたらスコールもね。気付いてないのはサイファー本人だけかな。」
「な‥‥なんで?」
「君、嘘つけないから。いつもサイファーに熱視線送ってるでしょ。」
温かな息が頬にかかり、ゼルはますます怯んだ。
「熱視線‥‥て、オレ別にっ‥‥」
「ちょっかい出されて怒ってる時もすごく生き生きしてるし。逆にサイファーがいないと明らかに元気ないしねえ。」
「な‥‥う、うるせえっ。」

あまりにも直球に図星をさされ、ゼルは真っ赤になって顔を背けた。
そんなにも自分は露骨だったのかと思うと、恥ずかしさで、身の置き場がない。
「ごめんごめん、からかうつもりじゃないんだよ。」
アーヴァインは宥めるように軽く首を振った。
「君が本気なのは知ってるって言いたかったんだ。いつからとかどうしてとか、そこまでは僕にも解らないけどね。」

──きっかけとか、理由とか。
いつからどうしてと問われても、ゼル自身、よく解らなかった。
ただ、気がついたら、そうなっていたのだ。

無意識のうちにその背中を目で追ったり、声を聴くたびに胸が騒いだり。
最初それは、風紀委員の名にかこつけて暇さえあればゼルの挙動に難癖をつけようとするあの男への、単純な拒絶反応なんだと思っていた。
つまり、オレはあいつが大嫌いで、嫌いだから気になるのだと頑なに信じていた。
それが根本的な勘違いであることを悟ったのは、例の事件で奴がガーデンを離れ「敵」としてまみえた後、消息が解らなくなった時だ。
日常の中ではいけすかない障害物に過ぎなかったはずのあの男が、いざ消えてみると、ゼルの心の中にはどうやっても埋められない暗い穴がぽっかりと空いた。
会いたい、と思った。
自分でも戸惑うくらいに切実に、あの憎々しい態度が懐かしく、あの皮肉に満ちた低い声を聞きたくてたまらなかった。
口性無い連中は、奴は死んだのだろうとまことしやかに囁いた。
そんな噂を耳にするたびに激しい悔悟に苛まれ、胸を引き裂かれるような痛みを覚えた。
なぜ、嫌っていたはずの相手にかくも会いたいと思うのか。
どうして、どんな形でもかまわない、生きていてくれと願うのか。

戸惑いながら日々を送る内、やがて奴が見つかったとの朗報が入った。
かつてガーデン一の問題児と称されていた傲慢なSeeD候補生も、あの事件で戦犯というレッテルを貼られてさすがにこたえたのか、半ば心神喪失したような状態でF.H.に隠遁していたという。
サイファーを再びガーデンに迎え入れる事には一部反対の声もあったが、学園長は熱心にそれらを説き伏せ、バラムガーデン総司令官、スコールにサイファーの収監を命じた。
そしておよそ半年ぶりに、あの男はここに戻ってきたのだ。
相変わらず無愛想で不機嫌極まりない、端正な横顔に再会したゼルは、そこではっきりと自分の気持ちを理解した。
自分は、この男──サイファー・アルマシーに、ずっと恋していたのだ、と。

同性にそんな感情を抱いてしまった罪悪感や嫌悪感は、まったくなかったと言えば嘘になる。
けれども、一旦自覚してしまうとその想いは膨れ上がる一方で、理性や常識などではもはや歯止めがきかなかった。
元々論理的に冷静に物事を考えるのは苦手だ。
どんなに悩んでも、最後には結局、直感と感情に頼って結論を出してしまう。
だから、同性だろうとなんだろうと好きなものは好きなんだからしょうがないじゃないか、と開き直るのに、たいして時間はかからなかった。
ただ、開き直る一方で、そうした恋愛ごとには人一倍疎いのも事実で、では次にどうしたらいいのかとなると皆目解らなかった。
当のサイファーに告白するなんて、論外だ。
どうせ拒絶されるか気味悪がられるか、良くて鼻であしらわれるか無視されるかだろう。
いずれにせよ、ちょっかいを出されては応酬するという、これまでの関係が破綻するのは目に見えているし、口をきくどころか近寄ることさえかなわない存在になってしまうに違いない。
そんな事になるぐらいなら。
「犬猿の仲」のままでいた方がずっといい。
だから、心の内に秘めておこうと思った。
ただ密やかに想いを寄せながら、今まで通りからかわれては噛み付き、難癖をつけられては反駁する毎日を繰り返して。
それでいい、それだけで満足するべきなんだとずっと自分に言い聞かせてきたのだ。
──それなのに。

突然、視界が霞み、熱いものが鼻柱をかすめた。
慌てて拳で瞼を押さえ、アーヴァインに見られまいと背中を向ける。
アーヴァインはああ、と溜息をつき、背後からやんわりとゼルの両肩に手をかけた。
「ゼル。自分を責めることはないよ。」
「‥‥。」
「人を好きになるのも、その気持ちに正直でいるのも大切な事だよ。僕は君の味方だし、きっと皆だってそうさ。」

そっと心に忍び込むような、穏やかな口調だった。
普段から、優しい物言いをする男だった。
口調は軽いが、相手の心を的確に捉え、惹き付ける術を心得ている。
その優しさにはこれまで何度も助けられてきたし、頼りにもしてきた。
今もまた、アーヴァインが助け出してくれなかったらあの場で卒倒していただろう。
「‥‥無理‥‥だよ。オレ‥‥。」
「うん?」
「もう‥‥皆に合わせる顔ねえよ‥‥。みっともねえし、あいつだって。」
駄々をこねる子供のように、ゼルは首を振り声を詰まらせた。
「あいつだって‥‥軽蔑したかもしんねえ。」
「そんなことないって。」
肩にかけられた両腕に力がこもり、軽くゼルの上体を揺さぶった。
「確かにびっくりはするかもだけど。でも‥‥サイファーはあんなだけれど、そういう事で人を軽蔑するような人間じゃないと思うよ。」
「‥‥でも‥‥」
「大丈夫だって。元気出しなよ、ゼル。」
優しい力で向き合わされ、落ち着いた声がゆっくり諭す。
「君は何も心配することない。‥‥今まで通り、普通にしていればいいんだよ。ね?」

ゼルは顔を上げ、アーヴァインを見た。
深い青色の瞳はあまりにも優しくて、吸い込まれてしまいそうだ。
その瞳にもう一度促され、おずおずと頷く。
アーヴァインはほっとしたように頷き返して、ゼルの小柄な体をそっと抱き締めた。
アーヴァインの腕の中は、まるで安全な巣のように暖かくて心地よくて。
──いっそこのまま、時間が止まってくれたら。
ぼんやりと、ゼルは思った。

To be continued.
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