SUCK OF LIFE(プロローグ)


プロローグ

「なあ、なんか荷物が来てるぜ。」

間近な耳元で囁く声に、サイファーは瞼を開いた。
覚醒する一歩手前で逡巡していた意識が、徐々に浮き上がって、現実味を帯びてくる。
気がつけば、いつもの蒼い瞳が、すぐ真上から覗き込んでいた。
「‥‥荷物?」
「うん、ほら。これ。」
と、ゼルは鼻先に掌ほどの大きさの包みを示してみせた。
「差出人、書いてねえけど宛先はあんただ。なんか通販でも買ったのか?」
たいして興味もなさそうに告げて、それをサイファーの胸板に押し付け、ゼルはベッドを降りた。
素肌にシャツ一枚を引っ掛けた小柄な背中が、部屋の隅の簡易冷蔵庫に近付いていく。
目覚めてすぐ、喉の渇きを訴えてサイファーの腕から逃れたはずが、まだその乾きは潤されていなかったらしい。
恐らく冷蔵庫を開けるより先に、メールボックスに届いた荷物に気付いたのだろう。

朝、と呼ぶにはいささかゆっくりめの時間だった。
眠りについたのが遅かったからなのだが、しかしいつ眠ったのかはよく覚えていない。
乱れたシーツの上に横たえている体の節々に、そこはかとないけだるさが残っている。
けれどそれは不快ではなく、むしろ心地よい余韻だ。

サイファーは横たわったまま、胸元に乗っかった包みをつまみ上げて頭上にかざした。
ゼルは冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを引き抜きながら、相変わらず色気がねえなあとぶつぶつ言っている。
ミルクとかコーラとか、自分の目当てのボトルが入っていないのが不満なのだ。
「せめてスポーツ飲料とかよ。色か味のついてるのを入れとけって。」
「うるせえチキンだな。人んちの冷蔵庫の中身にケチつけてんじゃねえよ。」
「チキン言うな!」
鼻先に皺寄せながら、ゼルはボトルを手にベッドに戻ってきた。
ベッドの縁に腰を下ろしてボトルを煽りつつ、小包を弄んでいるサイファーにちらちらと視線を寄越す。
「開けねえのか? それ。」
最初こそ興味なさげだったものの、いつまでも開けられそうにない包みに俄に好奇心が疼きだしたらしい。
サイファーは手を止め、まじまじとゼルの顔を見直した。
「なんだよ?」
「いや。」
無言で軽く首をふり、再び包みを眺める。

------差出人の名はなかったが、宛名の筆跡には見覚えがあった。
同時に、この包みの大きさ、この重みにも、思い当たる節がないではなかった。
無意識に、己の首筋に手を延べチョーカーを弄ぶ。
人肌に温んだ金属が、指先でさらさらと音を立てた。
ゼルはなおも不思議そうな顔でサイファーの所作を見守っていたが、やがて痺れを切らしたのか。
サイドテーブルにボトルを置くと、ダイビングさながらに、サイファーの隣に身を投げ出した。
狭いSeeD寮のベッドが、無邪気なきしみを上げて二人分の体重を受け止める。
ゼルは、目覚めた時と同じ格好でサイファーの肩に頬を押し付けながら、なあ、と詰った。
「いつまで眺めてんだよ。開けねえの?」
「気になんのか。」
「え、いや‥‥そういう訳じゃねえ、けど。」
上目遣いに、曖昧に語尾を濁す。
否定しつつも、興味津々なのが見え見えだ。
サイファーは低く笑うと、腕枕にゼルの肩を抱き、包みをゼルの胸元に放った。
「開けたきゃ開けろ。」
「え。」
びっくりして丸くなった蒼い瞳が、包みとサイファーの顔を見比べる。
「あんた宛てだろ。開けていいのか?」
「欲しけりゃくれてやってもいい。」
「ええ? なんだよ、食い物か?」
サイファーは小さく吹き出した。
むっとしたようにゼルがサイファーの脇腹を小突く。
「何がおかしいんだよ!」
「いいから、開けろ。」
肩で笑いながら、サイファーは顎をしゃくった。
ゼルは不満そうに唇を尖らせたが、それでも言われるまま素直に包みを開けた。
梱包紙と控えめな梱包材を剥がすと、緋色のスウェード調のケースが表れた。
不審そうに再びサイファーを見遣るゼルに、黙って視線で促す。
仰向けのまま、ケースの蓋を開けたゼルは、小さく声を上げた。
ケースの中に固定されていなかったそれが、蓋を開けると同時に転がり落ちたからだ。
だが、腹の上に落ちたそれをそっと掴み上げたゼルは、再び驚いたような声をあげた。

「あ。‥‥チョーカー‥‥?」

「食い物じゃなくて残念だったなあ。」
わざと同情めいた声でからかうと、ゼルは鼻先に皺寄せて睨んだが、すぐに困ったような顔になった。
「‥‥これ。あんたのと同じじゃん。新しいのを買ったのか?」
「いや。」
「でも、中身がこれだって解ってたんだろ? なんで?」
疑問は次から次へと湧いてくるのだろう。無理もない。
だがあえてそれらには答えず、ゼルが腹の上に無造作に散らかした梱包材を探った。
蓋を開けたとき、チョーカーとは別の白い小さなものがそこに零れ落ちたのだが、ゼルは気付かなかったらしい。
摘まみ上げると、名刺程の紙片を二つ折りにした、小さなカードだった。

 君の二十歳の誕生日に。
 道は見つかったか?
              F.C.

「誕生日プレゼント‥‥?」
横から覗き込んだゼルが、訝しげに尋ねた。
「って半月も遅れてんじゃん。F.C.って誰。知り合いか?」
「まあな。」
「ふうん。」
と、真新しいチョーカーとサイファーの首許とに、釈然としない視線を往復させる。
「‥‥それも、おんなじ奴から貰った、のかよ。」
「ああそうだ。」
「その、F.C.って奴から?」
明らかに、不満げな口振りだ。
思わず口角が吊り上がった。
「ああ。なんだテメエ、妬いてんのか?」
「そ、そんなんじゃねえっ。」
たちまち眦を染めて、ぷいとそっぽを向く。
サイファーは低く笑ってその頬を軽く小突き、キスしてやった。
「ま、ヤキモチのひとつも妬かれねえようじゃあ、俺の甲斐性上がったりだがな。」
「だから妬いてねえっつってるだろ! ちょっと、き、気になるってだけだ!」
「気になるか。」
「そりゃなるだろ!」
ゼルは犬歯を剥いて噛み付いた。
同時に、軽い肘鉄が脇腹に飛んでくる。
「あんた、それいっつも大事にしてるしよ!」

確かに、肌身離さずつけているのだから。
ゼルの懸念は無理からぬ事だ。
サイファーはふと真顔になったが、やがて上の空に呟いた。
「‥‥大事にしてるっつうより。惰性みてえなもんだ。」
「惰性?」
「だが言われてみりゃあ、そろそろ外し時かもしれねえ。」
「‥‥え?」
「もう、テメエがいるから、な。」
低く笑って腕を引き抜きベッドに起き上がると、ゼルはつられて体を起こし、鼻先に皺寄せた。
「ちょ、待てよ。言われてみりゃってオレなんも言ってねえし。訳解んねえってばよ!」
「聞いたとこでつまんねえ話だ。忘れとけ。」
「なんだよそれ!」
喚き続けるゼルを尻目に、サイファーは首筋に指をかけてチョーカーを外した。
そして、半ば無理矢理ゼルの手首を引き寄せて、掌に握られていた金属の上に重ねる。

「どっちも、テメエにやる。」
「ええ?」
「しまっとくなり捨てるなり、テメエの好きなようにしろ。」
「捨てる、って」
ゼルは眉根を寄せた。
追求したい事は山ほどあるのに何からどう尋ねていいのか解らず、躊躇している表情だった。
結局口を噤んだまま、チョーカーと小さなカードを見比べて思案している。
サイファーはそんなゼルを置いてさっさとベッドを降り、シャワー室に向かった。

説明しろ、と追求されるのであれば、話すのは別に構わない。
ただ、長い昔語りになるのが面倒なだけだ。
話し始める糸口とか、どこからどこまで話していいものかとか、思案しつつ語るには今朝はせわしなさすぎる。
夕刻からは任務が控えているし、あと数時間の後にはその打ち合わせに行かねばならない。

シャワーのコックを捻ると、温度の上がり切らない冷たい水滴が肌を刺す。
ぞくりと肩を震わせ、水温が上がるのを待ちながらサイファーは瞼を伏せた。
徐々に温められていく皮膚の裏側を、すでに忘れかけていたはずのあの感触がゆらりと横切っていく。
------あれから、三年。
ほんの三年だというのに。
今のサイファーにとってそれは、もはや数十年の時よりも遥かに遠く隔たった過去のように思えた。

To be continued.
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