warm vanilla cola
”告白”というのは偽りの無い自分の気持ちを相手に伝える行為である。
単純なようであって難しい、それは如何に傲岸不遜なサイファーにとっても簡単には遂行しえない事柄であったが、
聞かされたほうはそれにもまして難しい顔になってしまっていた。
まさに寝耳に水、しかも事が事だけにただ驚いて呆然としているだけでは済ませられない。
困惑も露わな視線を横に向けたり下に向けたり、聞き取れないほどの小さな声で唸ってみたり。
驚かないわけが無い、というくらいはサイファーにもわかっていた。
けれど即答で断らないということは、それは可能性はゼロではないということか?
期待を込めたサイファーの目はそんな、どうにも居たたまれないといった様子のゼルにぴたりと据えられて動かない。
・・・おい、いい加減何か言えよ。
こっちを向け。
喉元まで出かかるのを生唾と一緒に飲み込み、ことさらゆっくりと腕を組んでみる。
待つしかない。
いや、待ちたいのだ。
ゼルをこんなふうにしてしまったのは間違いなく自分なのであり、彼のそんなしどろもどろな様子はどういうわけかたまらなく魅力的だ。
そうだ、オレの前でだけそんな顔をすればいい。
あいつらみてえな気の置けない友人になりてえとか、犬コロみたいにじゃれ合いてえとか、
オレのこの欲望は、決してそんな生易しいものではないのだから───。
普段のゼルは明るく快活で誰にでも親切だ。
だから皆に好かれていて、少し廊下を歩くだけでちょっとサイファーなどは驚くくらいに声を掛けられたり
可愛い女の子達に手を振られたりなんかしている。
一方自分の方はといえば、風神と雷神を除けばガーデンでは見事と言っていいくらいにきれいに扱いが二分されていた。
決して関わり合いになろうとしない者達、それと正反対にやたら積極的に纏わり付いてくる者達。
どちらも居ても居なくても自分の生活にさして影響力を持たない連中だが、そのなかにふたりだけ例外がいた。
ひとりはあの伝説のSeeD様、スコール・レオンハートである。
かつてガーデンを裏切り魔女の騎士となった自分を恨んでいる風でもなく、後の処置とやらに奔走してくれたらしいが
それを恩に着せる様子は微塵も無い。
彼のような人物を生まれながらにして上に立つ者と評すれば良いのであろうか、
それが口惜しくないでもないのだが自分は何故だか黙って従っている。
スコールはサイファーが唯一自らと同等、あるいはそれ以上の部類だと認めた存在なのであった。
そしてもうひとりが問題の彼である。
ゼル・ディン。
魔女アルティミシアによる混乱が収まった後ガーデンへ戻ったサイファーを待ち受けていたのは当然の如く反逆者を見る目だった。
誰一人表立って彼を非難しなかったが親しく視線を合わせようともしなかった。
当初はキスティスやアーヴァインといった心臓に毛の生えているような連中でさえ遠巻きに眺めるだけで、
ゼルだけが真正面からサイファーに話し掛けてきたのだ。
いや正確には、真正面からTボードで突っ込んできた。
ガーデンの廊下で突然目の前に現れたゼルをサイファーは寸でのところで身をかわしたが、
ゼルのほうは無理に体勢を崩して派手に転がった。
「危ねえじゃねえか!!・・・なんだ、てめえかチキン」
「サイファー!あんたかよ!?遠慮しないで轢いてやりゃ良かった」
顔をしかめ、ぶつけたらしい後頭部を撫でながらゼルはびしりと人差し指をサイファーに突きつけた。
「おい、これからは俺のことをぜってーチキンて呼ぶな!俺はもうおまえの知ってる俺とは違うんだからな!!」
「・・・あァ?」
「はっ、んな顔したってちっとも怖くねーっつの!今度俺の進路妨害したらほんとにミンチにしてやる。覚えとけよ!」
ふんっと唇を尖らせて睨みつけ、あかんべえのおまけまでつけてからサイファーの背後へと目をやった、
その途端ゼルの顔が弛んだ。
「風神!雷神!戻ってきたんだな!!」
全開の笑顔を向けられて雷神も、風神でさえも微かに微笑んだ。
ガーデンへ帰ってきて、知り合いと呼べる人間に初めて歓迎されたのだ。
良かったなあ、嬉しいぜ!!とバシバシ肩や腕を叩かれて雷神のほうはうっすら涙ぐんですらいる。
それを見ていたサイファーは言い返してやるタイミングを失い、その場から黙って離れたのだった。
思えばあの時、サイファーは何かヘンだと感じていたのだった。
話はしばらく前に遡る。
「サイファー、おい、サイファー!!」
聞いてんのかよ?!と何度も呼ばれてサイファーはふと我に返った。
目の前ではチキンが、いやチキンは返上したらしいゼルが偉そうにふんぞり返っている。
集中しろよな、と指し示しされた書類は今しがたふたりで終えたばかりの任務の報告書である。
どんな簡単な仕事だって二人で組めばどちらかが班長となるわけで、
その班長は自分が書けと言った通りに班員に書かせたいのだ。
サイファーにしてみればこんな面白くないことは無かった。
復帰して試験を受け、ようやくSeeDとなったばかりなのだから仕方が無いとはいえ、
サイファーは一応指揮官室で異議を唱えてみた。
しかし、「俺のほうがランク上だし当然俺が班長だよな!」
と総指揮官のデスクに前身を乗り上げて訴えるゼルの勢いに気を削がれてしまったのだ。
スコールはそんなゼルと苦虫を噛み潰したようなサイファーを心持ち椅子を後ろにひき面白そうに交互に眺めやった。
そして今も同じ場所で報告書が提出されるのを待っている筈なのである。
スコールの昼食が終っているかいないかなどサイファーは全く気にしていないが、
しかしゼルの腹のほうは我慢し切れなかったのでこうして食堂にいて、
それでも悪いと思っているので少しでも速く報告書を仕上げたいのだ。
ぼんやりされては困る。
そんなふうに睨みつけられたって恐くも何ともないし、第一、ゼルの手はナイフとフォークを操るので忙しいのだから
コーヒーしか頼んでいない人員がさっさと書類を仕上げるべきなのだ。
「ったくボケてんじゃねえよ。手元が留守だぜ、早く動かせ」
「・・・テメエこそ食うか喋るかどっちかにしやがれ。つうか黙って食え。指示なんざ要らん」
「あんだと?!」
「オラ、飛んだだろうが!汚ねえ!!」
「・・・・・」
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