Love In the First Degree(14)


14

「オレ。とうとうフラれたかもしんねえ。」

ドアが開くなり、なんの前置きもなく発せられた台詞に、アーヴァインは固まった。
すでに消灯時間を回っていて、照明の落ちた廊下は薄暗い。
開いたドアからはひんやりとした夜気が流れ込み、空調の効いた部屋の温度を無情に下げようとする。
「‥‥中、入って。寒いから。」
促すが、ゼルは立ち尽くしたまま動かない。
アーヴァインは躊躇したが、意を決して小柄な背中に腕を回し、抱くようにして中に引き入れドアを閉めた。

そろそろベッドに入ろうか、と算段しているところに、ドアにノックの音があった。
こんな夜中に尋ねてくる人間がいるなんてと訝ったが、誰何しても答えが無いので、渋々ロックを解除してドアを開いた。
そこに居たのがゼルだったことにも驚いたが、それよりも、突然のゼルの言葉に愕然とした。
一体何があったというのか。
ゆっくり背中を押しながら部屋の奥まで進み、ベッドの縁に腰をおろさせて、体を支えるようにして傍らに座る。
ゼルはまったくされるがままで、幽霊のように青ざめた頬のまま黙っている。

「ゼル。一体どう‥‥」
「二度と顔見せんなって。ウゼえって。」
アーヴァインの声を遮って、ゼルは呟いた。
両眼は虚空をぼんやりと見据えたままだ。
「な‥‥サイファーが、そう言ったのかい?」
こくりと頷き、ゼルは見る見るうちに項垂れた。
そのまま両腕の間に頭を埋め、小刻みに肩を震わせる。
「感情抜きでも‥‥良かったんだ。そばに居られんなら。ただ、それだけで良かったんだ。」
「‥‥。」
「なのにそれすらも駄目だっつうなら。オレは‥‥どうしたらいいんだよ?」
「ゼル。」
こみあげる感情に逆らえなくなったのか、がしがしと髪を掻きむしるゼルの腕を思わず掴み、アーヴァインは努めて穏やかに名を呼んだ。
だがゼルはまるで駄々っ子のように激しく頭を振り、悲痛な声で叫ぶ。
「諦めるなんて、無理だ! どうやったって、あいつのこと嫌いになんかなれねえ! あいつが好きで、好きでどうしようもねえのに!!」
「‥‥ゼル。」
「どうしたらいい? オレにどうしろって言うんだよ! オレは‥‥解んねえ、解んねえよ!!」
「ゼル!」
覆い被さるようにして小柄な体を力一杯抱き締め、アーヴァインは語気を強めた。
「ゼル、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから!」
「オレは‥‥!」
「いいから黙って。もう何も考えなくていい。」

早口に囁きながらゼルの頬を捉え、間近に顔を覗き込んだ。
焦点を失い、深く淀んだ水底の色をたたえている蒼い双眸。
血の気の引いた白い頬と、対を為す漆黒のトライバル。
まるで、羽をもがれて地に堕ちた天使のように、傷つき怯え、絶望に取りつかれたその表情。

──限界、だ。
もう、理性など。
なんの役にも立たないし所詮無意味だ、とアーヴァインは悟った。
この天使が、愛おしい。
愛しくて、愛しくて、たまらない。
一気に溢れ出した感情に促されるまま、両腕に力を込める。
自分でも驚くほどの冷静さでゼルの顎を上向かせ、覆い被さるようにして唇を合わせた。
ゼルは大きく瞳を見開き腕から逃れようとした。
構うことなく体重を預け、背中を支えつつベッドに横たえる。
そして、なおも肩を押し返そうとする手首をシーツに押し付け、より深く舌を絡ませた。
舌先で歯列をなぞり丹念に唾液を吸い上げるうちに、抗う力は徐々に失われていった。
完全に脱力したのを見計らってから手首を離し、シャツをたくしあげる。
ゼルはひくりと肩を震わせ、怯えたように眉を寄せた。

「‥‥な‥‥やめ‥アーヴァ‥‥」
「心配しないで。ちゃんと、気持ち良くしてあげるから。」
掌で大きく脇腹をさすり上げ、小さな蕾をそっと指先で愛撫する。
ゼルは僅かに上擦った声を洩らし、それきり黙った。
ただ、濡れた唇だけが、切なげな呼吸を繰り返している。
困惑と混乱に満ちたその表情をつぶさに眺めながら、アーヴァインは静かに胸板に唇を寄せた。
直に触れる肉体の温もりに、狂おしいまでの欲情の炎が燃え上がる。

ずっと、こうして触れたかった。
僕だけのものに、したかった。
雄々しくもしなやかなこの体を征服し、共に熱流に溺れる夢を一体何度見た事か。
「ゼル。‥‥君が好きだよ‥‥愛してる。」
ゆっくりと囁き、突起を唇に含んで柔らかく吸い上げる。
同時に、ファスナーをおろし、脆い果実の皮を剥くように丁寧に下半身を露にした。
ゼルはきつくシーツを握って顔を背けた。
青ざめていた頬が羞恥のためか仄かに赤らんで、漆黒のトライバルの輪郭を一層鮮やかに際立たせている。
アーヴァインはなおも蕾を舌で転がしながら、緩く勃ち上がりかけた局部に触れた。
最初は、真綿でくるみこむように優しく。
徐々に圧力を加えつつ、確かなリズムで掌を滑らせる。

「‥‥っ‥‥あ。」
狼狽に満ちた瞳がアーヴァインを見下ろし、すぐに慌てたように反らされた。
「いいんだよ。声、出して。」
アーヴァインは顔を上げ、耳朶を甘く噛みながら囁いた。
さらに声を促すように鈴口を抉り、滲み始めた蜜を小さな蕾を裏筋にそって塗り拡げる。
ゼルはますます眉をひそめ、身を捩った。
まるで、迷子になって途方にくれている子供のような顔だった。
アーヴァインは微笑し、片手で髪を撫でながらさらに速度を上げた。
やがて、シーツを掴んでいた両手が恐る恐るアーヴァインの肩に伸びる。
「んっ、う‥! や‥‥」
「いいよ、我慢しなくても‥‥このままイきなよ。」
「で、もっ‥‥!」
ぎゅっと肩口に縋る腕にキスを落とし、アーヴァインは首を振った。
「大丈夫。ちゃんと受け止めるから。」
「‥‥っ、あ! 待っ‥‥あ、あ!!」

ゼルは背中を浮かせ、大きく喉を反らした。
掌の中で鋼のように膨張しきったそれが、ひときわ大きく脈打ったかと思うと、断続的にびくびくと痙攣する。
素早く亀頭を包み込んで、放たれるものをあまねく受け止めた。
しっかりと肩を抱き寄せ、乱れた呼吸に喘ぐ唇を優しく吸う。
ふ、と薄く瞼を開いたゼルは、泣き出しそうな顔をした。
アーヴァインは微笑んでみせ、無言のままもう一度口づけた。
潤滑油を得た指先を脚の付け根にそって滑らせ、静かに谷間を探る。

途端に、ゼルはぎょっとしたように目を見張った。
弛緩していた両腕がぎこちなくアーヴァインの腕を探り、必死でそこから引き離そうとする。
「あ、アーヴァイン、そこ、やだ‥‥っ!」
「どうして? こっちならもっと気持ち良くなれるでしょ。」
「う、嘘だ、そっ‥‥そこは‥‥」
蒼い瞳に本気で涙を滲ませながら、ゼルは頭を振った。
頬からは再び血の気が失われ、乾いた唇がぶるぶる震えている。
アーヴァインは、はっと息を飲み、そしてすべてを察した。

──サイファーが、ゼルに何をしたか。
ゼルを抱いたと言いながらその実、サイファーがしたことは。

生まれたばかりの雛鳥のように、腕の中で怯え、震えている体。
力なく抗う腕、懇願する瞳。
アーヴァインは、胸の奥を炙られるような、やりきれない思いでいっぱいになった。
優しく慰撫されるべき天使が、いたわりのかけらもないただの暴力で蹂躙された事を思うと、言い知れぬ怒りで目の前が真っ暗になった。
あんな、男に。
本来なら天使に触れることすら許さぬはずの、あんな穢れた輩に。

「‥‥僕は、君を傷つけたりしないよ。」
破裂しそうな殺意と憤怒をかろうじて堪え、アーヴァインは静かに言った。
「辛い思いは絶対させない。‥‥大丈夫だから。ね?」
一瞬、ゼルの緊張が緩んだ。
アーヴァインは頷いてみせ、窄まりの周囲を柔らかく撫でた。
つぷり、と指先を埋めると、ゼルの膝頭がびくりと跳ねる。
大丈夫だよ、と何度も囁きながら、傷つけぬよう慎重に、滑らかに、ゆっくりそこを穿って行く。
「ひ‥‥あ‥‥」
「痛い?」
問いかけると、ゼルは力無く頭を振った。
アーヴァインはほっとして、さらに指を進める。

まとわりつく粘膜の温もりに、目眩がしそうだった。
触れてもいないのに、下腹が熱く滾っている。
辿り着いた最奥の壁をところどころ強めに探ると、ある一点でゼルが短く声を上げた。
アーヴァインは確信し、探りあてたスポットを規則的に押し上げた。
「ここ。気持ちいいでしょ。」
「あ、ぁ、んっ‥‥」
たちまち呼吸を乱してこくこくと頷く紅の頬が、可愛らしくてたまらない。
幾度か抜き差しを繰り返しスポットを刺激するごとに、内壁はますます熱を帯びていき、戸惑うような嬌声が漏れ始める。
アーヴァインはキスを散らしながら徐々に下腹部を辿り下り、膝裏を抱え上げた。
しっとりと柔らかな内股の皮膚にも唇を押し当て、次々ときつく吸って跡を残した。
頃合いを見はからって指を増やし、再び勃ち上がり出した陰茎も包み込んで、同じリズムで扱く。
ゼルはあられもなく声を上げ、身悶えた。
激しく上下する露な胸板と腹筋にうっすらと浮かんだ汗が、煽情的な薫りを放ちながら揮発していく。
やがて、潤んだ瞳が朦朧とアーヴァインを捉えたかと思うと、嗚咽混じりの声が切なげに懇願した。

「あ、あ‥‥っや‥‥も、オレ、もう‥‥!」
「‥‥僕もだよ。‥‥もう、限界。」
なおも奥深くを探りながら、アーヴァインは荒い息で身を起こし、自らの拘束を解放した。
膨張しきったそこは、暴発寸前の銃身のように行き場のない熱を内包して脈打っている。
そっと指を抜いて亀頭をあてがい、アーヴァインは深く息を吸い込んだ。
「‥‥ゼル。挿れるよ。」
「‥‥。」
乱れた息のまま、酩酊した瞳がこくこくと瞬く。
「辛かったら、言って。」

体重を乗せ、慎重に押し入ると、腰が砕けそうな快感が襲い掛かった。
咄嗟に収縮した括約筋がきつく茎部を捉え、我知らず吐息が漏れる。
そっと揺すると、熟れた内壁はひくひくと蠕動し、ぴったりと吸い付いてくる。
逸りそうになる衝動を懸命に堪え、アーヴァインはゆっくりと律動した。
たちまちゼルは嗚咽にも似た声を上げ、縋り付いてきた。

汗ばんでのたうつ、なめらかな肌。
絶え間なく溢れる、天使の嬌声。
繰り返し押し寄せ、足元をさらおうとする絶頂の波に抗いながら、アーヴァインはこのまま時が止まればいい、と夢見心地に思った。
永遠に、この躯を抱いていたい。この声を聞いていたい。
何も考えず、何にも煩わされず、ただ無心に溶け合っていたい。
この愛しい天使が真に求めているのは自分ではない、こんな行為はほんの気まぐれでありひとときの慰めにすぎない、そんなやるせない現実はすべて忘れてしまいたかった。

反り返る背中をきつく抱き締め、掌に陰茎を包み込んで、リズミカルに刺激する。
震える胸板に口づけを繰り返し、可憐な突起の周囲をきつく吸い上げて紅い跡を残す。
内壁はますます貪欲な熱を帯び、より深い陵辱をねだって、アーヴァインをきりきりと締め上げた。
促されるままに強く奥を穿ち、速度を上げていく。
そして、もはや引き返す事のできない高みへと登りつめたその時。

ゼルは、美しい獣の咆哮を上げて、遂精した。
アーヴァインが最奥で達するのと、ほとんど同時だった。
せき止められていたものが一時に解放され、あらゆる感覚が一瞬無防備になる。
弾け飛んだ意識が遥か彼方へとかすんでいき、虚空に溶けて、なじんでいく。

やがて、思い出したように脱力感が訪れ、アーヴァインはゆったりと沈み込んだ。
泣きたくなるほど甘美な余韻が、とくとくと鼓動に乗って全身に広がっていく。
ゼルは、乱れた呼吸のまま放心していた。
小刻みに上下する肩を抱き寄せ、前髪の落ちた額にそっと口づける。
「‥‥ゼル。」
名を呼ぶと、恐る恐る瞼が開かれる。
その刹那、アーヴァインは唇を強張らせた。
海よりも深い蒼い瞳がみるみる潤み、膨れて玉となった涙がぽろりと零れ落ちたのだ。

──絶頂の、その時に。
この愛しい天使が、誰の姿を思い描いていたか。

甘い夢は一瞬で霧散し、否応無しの現実が襲い掛かった。
解っては、いたことだ。
解りたくはなかったし認めたくもなかったが、いかに目を背けようとしても事実は紛れもなくそこにある。
アーヴァインは、きつく奥歯を噛みしめた。
こうして累々と流れ続ける涙を前にしては、もう認めざるを得ない。
そして、事実である以上は、向き合わねばならないのだ。
たとえそれが残酷で、悲痛で──どんなに悲観的なものであったとしても。

To be continued.
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