Love In the First Degree(8)


8

世界が大きく傾いたと思ったら、視界も、動きも、呼吸も、すべてが封じられていた。
息苦しさの余り顔を背けようとしたが、顎を掴まれままならない。
唇に、重なっている柔らかな感触が。
サイファーのそれだとようやく気付いたのは、解放された後だった。

「‥‥な、なっ‥‥何、す‥‥」
パニックに喘ぎながら身を捩ると、薄い唇がゆっくりと動く。
「テメエを抱いてみたくなった。」
「‥‥!」
力強い腕に一段と締め上げられ、背骨がきしむ。
ゼルは、震える声を振り絞った。
「んなコト言ってま、また冗談‥なん、だろ‥‥」
「さあな。」
「だ、だってオトコとはしたことねえ、って‥‥」
「ああ。」
「自信ねえ、って‥‥」

何言ってるんだ、オレは。
自分でもえらく的外れな事を口走っているのは解っているけど、頭が混乱して何がなんだかわからない。
動揺するゼルを前に、サイファーは薄い唇を歪めた。
「見くびられたもんだな。経験なんざなくてもヤり方ぐれえ解るっつうの。」
「‥‥っ‥‥」
「テメエもせっかく勉強してきたんだろ? なら、その成果を見せてもらおうじゃねえか。」
焦点の合わないほど間近に迫った翠色の瞳が、ゼルを射抜く。
「ただ、何しろハツタイケンだからな。うまく出来ねえとしても恨むなよ。」

言うや否や、強引な力で部屋の中に引きこまれた。
背後で、軽やかな音を立てて無情なドアが閉まる。
脚がもつれて転びかかるゼルの体を、サイファーはお構いなしに引き摺り、まるで重い荷物を放り投げるような粗雑さでベッドに投げ出した。
受け身を取る間もなく後頭部が打ち付けられ、くらくらと目が回った。
反射的に身を起こそうとするも、たちまち頑強な両腕に肩口を抑えつけられ、有無を言わせぬ長身が乗りかかってくる。

何が、起こったのか。
何が、起きようとしているのか。
あまりの唐突さと目まぐるしさに、考える暇がない。
ただ、突然の攻撃に対する条件反射で、防御と反撃の本能が働いた。
身を捩りながら、かろうじて自由の効く右足を続けざまに蹴り上げる。
爪先は幾度か空を斬ったが、何度目かの膝頭が、襲撃者の脇腹に命中した。
低い呻き声を洩らして一瞬サイファーの動きが止まる。だが、次の瞬間。
振り上げられた手の甲が、鋭くゼルの右頬を張り飛ばした。
今度は、ゼルが怯む番だった。
疝痛が鼓膜まで走り抜け、打たれた頬が焼け石を押し付けられたようにかっと燃え上がる。

「ナメた真似してんじゃねえぞ、チキンが。」
怒りをはらんでくぐもった声が、頭上で呟く。
「今さら何だ。テメエ、俺と寝てえから来たんだろが。」
「‥‥な‥‥」
「ヤりてえからわざわざ勉強してきたんだろ。違うか。あ?」

ゼルは戦慄して、言葉を飲み込んだ。
それは──違う、と思う。
いやそれとも──違わない、のか。
解らない。
これは、オレが望んだことなのか?

サイファーは勝ち誇ったように口端を吊り上げると、傲慢な仕種でゼルの着衣を剥ぎ始めた。
全裸にされる間、ゼルは茫然と声を失ったままでいた。
俯せに押し付けられ、さらには腰を高く突き出す格好を取らされてもなお、衝撃と困惑から立ち直れずにいた。
背後で屈んだサイファーが、そこを覗き込み、低く笑う。
生温かい息が股間を滑り、ぞくりと背筋が竦み上がった。

──恥ずかしい。
ようやく蘇った羞恥という感情に、一気に頭にのぼせ上がった。
だが、がっちりと押さえ付けられた腰はびくとも動かず、身を捩ろうとするとますます指先は臀部に食い込んでくる。
あまりの力に痛みさえ覚えて、ゼルは呻いた。
サイファーは掴んだ尻朶をぐいぐいと押し拡げながら、からかい声に呟く。
「ま、拡げるぐれえはしてやらあ。いきなり突っ込んだところで俺も痛えだけだしな。」
「‥‥っ‥‥!」
振り仰ごうとした目の前についと掌が伸び、しなやかな指先が唇に触れる。
ゼルは、はっと息をのんだ。

なんて、綺麗な指だろう。
こんな状況にも関わらず、そう思った。
この大きな掌、この冷たい指先に触れられる事を、これまで何度夢見てきただろう。
額を小突かれたり、せっかく立てた前髪を潰されたりするたびに。
レザーグローブごしに感じるこの男の感触を、もっと間近に、直に味わいたいと切実に願ってきた。
それが今、ここに──目の前にある、なんて。
思わず、じわりと湿った感情が沸き起こりそうになる。

しかしそれは一瞬に過ぎなかった。
襲いかかった次なる苦痛に、ささやかな歓喜などたちどころに消し飛んでしまった。
長く美しい指は、唇をこじ開けて中に押し入ると、滅茶苦茶に舌を捏ねだした。
容赦なく喉の方まで押し込まれる指に、何度もえづく。
苦しさで涙が滲み、溢れる唾液にむせ返った。
呼吸もままならず、窒息しそうになって、意識が遠くなりかけた。
やがて、唾液の糸を引きながらどうにか指は出ていったが、今度はその指がひたりと股間へとあてがわれた。
激しく咳込みながらにじり上がって逃れようとすると、乱暴に腰を掴んで引き戻される。
サイファーは、周囲の皮膚を軽く撫でただけで、まったく躊躇などしなかった。
二本の指は、そのまままさに捩じ込むという形容にふさわしい強引さで、ずぶずぶと菊門に侵入してきた。

「いっ! あ、痛っ‥!!」
「キツいな。」
埋めた指を荒々しく揺さぶりながら、サイファーは小さく舌打ちした。
「まだ指二本だっつうのによ。力抜けよ。俺のはもっとでかいんだぜえ?」
「‥‥っな‥‥ああ!」
皮膚を引き裂かれそうな疝痛と逃げ場のない圧迫痛に、ゼルは悲鳴を上げた。
サイファーは一向に力を緩める事なく、最奥までもぐりぐりと抉ってくる。
苦痛に耐えるのが精一杯で、とてもではないが力を抜ける状態ではない。
と、サイファーは空いている方の手を股間に伸ばすと、畏縮しきったゼル自身を無造作に指で弾いた。
「なんだ。情けねえムスコだなあ? んな縮こまるほど痛えかよ。」
「い‥‥て、えよ‥‥!」
ゼルは、必死で声を振り絞った。
「痛えに決まっ‥‥こっ‥‥な、こんな‥無理矢理‥‥!」
「ああ? 無理矢理拡げて欲しいのか?」
「!!」
ぎょっとして、背後を振り返ろうとした。
しかし、牽制するように強く内壁を押し上げられ、くらりと体の力が抜ける。
「なら遠慮はいらねえな。」

サイファーはもったいぶった口調で低く笑うと、突如指を引き抜いた。
薄い内部の皮膚が引きつれて激痛が走る。
膿み爛れたような熱を帯びてじくじくと疼く下半身に、涙が滲んだ。
背後から、ベルトのバックルをはずす音がする。
ゼルは固く目を瞑り、小刻みに喘いだ。
一旦解放されたとはいえ、この後の更なる苦痛を思うと気が遠くなりそうだった。

──そりゃあ、やり方次第では痛いよ。

耳の奥に穏やかな声が蘇り、それを教えてくれたアーヴァインの静かな笑顔が脳裏をよぎった。
──ゆっくり慣らせば、ちゃんと気持ち良いらしいけどね。
そんな、手間暇をサイファーがかけるだろうか。
期待は出来ない。
しかし、抱いてやると言い出したのはサイファーの方なのだから、或いはもしかして──と期待を捨てきれなかったのも事実だった。

勉強してきたら抱いてやる。
そう言われて最初は困惑したけれど、しかし冷静になってみればやはり嬉しかったのだと思う。
ゼルとて男だから、そういう欲望はもちろん持っている。
サイファーとそうなる事を露骨に願っていたわけではないが、かと言ってまったく想像してこなかった訳ではない。
だから、サイファーの言葉は素直に嬉しかったし。
サイファーがそう言うなら、その通りにするべきだと思った。
思ったからこそ、腹をくくってアーヴァインに尋ねたのだ。
人に尋ねるのは恥ずかしいとかみっともないとか、そんな事を思う余裕はなかった。
ただただ、この機会を無駄にしてはならないと必死だった。
無論、サイファーの言葉はただの冗談かもしれない、なんて──露程も考えてはいなかった。

瞼の裏に、ちかちかと目映い極彩色が踊る。
そうだ、オレが馬鹿だったんだ。
サイファーがオレを‥‥「同性」でしかもただの「同僚」に過ぎないオレを、本気で相手にするはずないじゃないか。
そのことに気付きもしないで、勝手に早とちりをして。
つまりはこの苦痛も結局は──自業自得だ。
想いが通じた、と勘違いをして。
あわよくばサイファーに優しく丁重に扱ってもらえるかもなんて、なんの根拠もないのに期待をして。
本当に──馬鹿さ加減にも、ほどがある。

「おいおい。この期に及んで泣き入れるつもりか?」

呆れたような声に、ゼルははっと目を見開いた。
視界は奇妙に歪んでいて、言われて初めて涙が溢れていることに気付いた。
慌てて突っ伏し、拳を瞼に押し付ける。
「泣‥‥いてね、え‥‥!」
「だよなあ。誘ったのはテメエだっつうのに、泣かれちまったら俺がワルモノみてえだもんなあ。」
サイファーは喉の奥で笑い、ゼルの腰を抱えこんだ。
谷間に押し付けられる熱塊に、体中が強張る。
──駄目だ、力を抜かねえと。
大きく喘ぎ、息を吸い込んだ次の瞬間、燃え滾った楔のようなそれは一息に最奥まで打ち込まれた。

ゼルは、絶叫した。
いや、声にすらならなかった。
体をまっぷたつに裂かれるような衝撃で、神経と言う神経が痛みに支配され、呼吸ができない。

「ああ‥‥ちゃんと入るんじゃねえか。」
擦れた語尾でサイファーは笑った。
残酷で、嗜虐に満ちた笑いだった。
「どうだ。痛えか?」
「‥‥‥っ!‥‥っ‥‥」
息も絶え絶えで答えるどころではないゼルに、サイファーはなおも笑い、そしておもむろに動きだした。

まるで拷問だった。
繰り返し規則的に穿たれるたびに、内壁はよじれ、削られるような激痛が走る。
痛みに加えて恐怖さえ覚え、ゼルは震撼した。
このまま、壊されてしまうんじゃないか。
オレはここで。死ぬんじゃないのか──。

永遠とも思える苦痛のリズムが徐々に加速し、間断のない連続した奔流となる。
それに合わせて、覆い被さる荒い息もまた早まっていく。
と、突然、緊迫した両腕がゼルの体を抱き締めた。
控えめな呻きを洩らしてサイファーは動きやみ、二、三度体を震わせてから大きく息を吐き出した。

ああ。やっと。──終わったんだ。
安堵でどっと力が抜ける。
サイファーは、押し入った時と同じ乱暴さで下半身を剥がした。
しかしすぐ離れると思いきや、動くのが面倒なのか、ゼルの躯に両腕を回したままじっとしている。
背中に無防備にのしかかるこの男の体温、それはとても。

──あったけえ、な。
うっとりと、ゼルは思った。
そんなのは、また都合のいい幻想に過ぎないのかもしれない。
或いは、痛みから解放された安堵感がもたらした、ただの勘違いなのかもしれない。
でもそれでも、脈々と伝わってくる温かさの中に、僅かながらもこの男の優しさめいたものを見い出せたような気がして。
ゼルは、心から、酔わずにはいられなかった。

To be continued.
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色々とアレでナニですが、クレームは無しでお願いします(汗)
‥‥と、そう宣言しても言われる時は言われてしまうんですけどね(^^;)