SUCK OF LIFE(12)
12
鈍く這い登って来る感触。
恐らく快感と呼んでよいであろうその感触に、サイファーは身震いした。
それは、錯覚に似ていた。
黒のブロックに囲まれた何もないはずの空間に灰色の円が浮かび上がるように。
躯の奥深い部分を探られるという未知の感触のせいで、ありえないはずの快感が誤認されているのだと最初は思った。
だが錯覚にしては、それは次第にはっきりとした形をなし、紛うことのない色を帯びてくる。
女の膣に肉茎を埋める時の快楽とは明らかに違う。
違うのだが、快感としか呼びようのない、その感覚。
尾てい骨の奥が小刻みに震えるような、痺れるような、むず痒いようなそれは、刻一刻と中心に流れ込んで、そこを熱く際立たせていく。
なるほど、男の躯には。
そこに刺激を与えさえすれば無条件に快感を覚えて勃起する箇所、というのが存在するのだ。
滑稽なほどの冷静さで、そう結論せざるを得なかった。
そしてそう認めてしまった後は、なすすべもない。
爛れた感覚に翻弄され、惑わされて、理性はあっさりと弾き飛ばされた。
元々、性的な快楽に対して禁欲的な質ではないのだ。
指先で深い淵を探りながら、中佐は肌の上に唇を這わせ続けた。
首筋から胸板、肋骨から骨盤へと、時に舐り時に歯を立て、くまなく印を刻んでいく。
抗えない快感の理由は、未知の感触のせいだけではない。
この男が巧みであるのも、否定できない事実だった。
肌を彷徨う唇も、慰撫する指先も、確実に着実に身体の奥底から快感を引きずり出していく。
愛撫という行為がもたらすそうした悦びを、サイファーは初めて知った。
ただ若さに任せて、乱暴に欲を解放する事しか知らなかったサイファーにとって、それは驚愕ですらあった。
「感じるだろう?」
見透かしたように、中佐は囁いた。
その声にさえも、煽られてしまう。
サイファーはかろうじて呻き、首を振った。
「抗っても無駄だ。‥‥物理的な快感はどうやっても否定できない。」
「だ‥‥まれ‥‥」
「素直に楽しめと言ったろう。‥‥貪る事は罪じゃない。」
「‥‥!‥‥は‥‥」
たまりかねて吐き出した息が湿っていた。
一度制御を失った呼吸は、たちまち激しい喘ぎとなって喉を震わせる。
固く瞼を伏せているにも関わらず、見下ろしている白い顔がまざまざと目の前に浮かんだ。
見守る視線は、落ち着き払って高みから見下ろす、観察者の目だ。
反吐が出るほど気にいらなかったはずのその視線が、今、この場所では屈折した欲情を呼び覚ます。
どうせこの男にはかなわない。
いいように弄ばれて振り回されるしかない。
今の俺は、抗えば抗うほど締め付けてくる忌々しい鎖に繋がれた犬だ。
──犬ならば。
目の前に供された餌は、なんであろうと食わねばならない。
甘んじて、口にするしか生き延びる術はないのだ。
それがたとえ屈辱であろうと──快感であろうと。
ぞくり、と危うい戦慄が身体を駆け抜け、サイファーは喘ぎを深くした。
「‥‥何を考えてる?サイファー。」
ようやく指を抜いた中佐が、静かに笑った。
さんざんに擦られ、拡げられたそこは、解放されてもなおむず痒い感覚を残している。
焦れったさに堪えながら黙っていると、しなやかな指が陰茎を撫で上げた。
「ここが、一段と堅くなった。何を想像した?」
さらに軽く握り込まれ、緩やかに扱かれて、サイファーは引きつった声をもらした。
「き、さ‥ま‥。‥‥‥の‥‥つも、りか‥‥」
「うん?」
「‥‥俺の‥‥飼‥い主にでも‥‥なった、つもりか。」
すると一瞬手が止まった。
煙草の匂いが間近に近付き、優しげな声が耳元で呟く。
「なるほど。‥‥確かに、今の君は犬にも等しいだろうな。」
「‥‥」
「吠え癖と噛み癖の治らない‥‥美しい狂犬だ。」
気配が遠ざかり、衣擦れの音がした。
やっと愛撫の束縛から解放されたというのに、四肢はぐったりとシーツに縫い付けられたまま動けない。
それどころか、更なる刺激への期待に下腹は打ち震え、内部は切ない焦燥にむせび泣いてさえいる。
何かが狂ってしまったのだとしか思えなかった。
或いは何かが壊れたのか。
瞼の裏に明滅する極彩色の光を茫然と見据えていると、再び気配が覆いかぶさる。
腕に、脇腹に触れるぬるい人肌に、なぜかやたらと安堵した。
抵抗もせず横たわったサイファーの両膝を割り広げ、中佐は腰を滑り込ませた。
内股に触れるものに、呼吸が止まる。
中佐は腰を抱え上げるとそれを押し付けた。
「サイファー。目を開けて私を見ろ。‥‥君を抱く男の顔を。」
穏やかに諭すような口調に、反射的に瞼を開く。
覗き込む黒い瞳と目が合った。
目を眇め、威嚇するように睨み上げるとその瞳が満足げに笑う。
「‥‥綺麗な目だ。」
じわり、と重みがのしかかる。
穿たれる感触に唇を噛んだ。
熱と硬度にたぎった質量が、徐々に奥へと捩じ込まれていく。
その圧迫感は予想以上にきつく、いくら解されたとはいえ苦痛が滲む。
だが中佐の動きにはまったく躊躇がない。
「この目を‥‥君を。本気で飼い馴らしてみたくなる。」
掌が宥めるように腰を撫で、冷たい唇が頬に触れた。
条件反射で脱力すると、その瞬間を待っていたかのように、一気に奥まで貫かれた。
激痛が脳天まで突き抜け、ぎちぎちに押し拡げられた括約筋が声にならぬ悲鳴を上げて異物を押し返そうとする。
「‥く‥!‥‥っあ!!」
「どうだ、サイファー。私に‥‥繋がれてみるか?」
控えめな昂りに上擦った声が、優しく囁く。
痛みに竦み上がった陰茎を、柔らかな掌の愛撫がくるみこむ。
「だ‥‥れが‥‥」
再び押し寄せる快感に押し流れそうな意識を掻き集め、サイファーはかろうじて反駁した。
「‥‥誰、が‥貴様になんざ‥‥尻尾‥‥振ってたまるか‥‥」
中佐は笑った。
「よかろう。それでこそ君だ。」
どうあっても異物が排除できぬと知った内壁は、抵抗を諦めて妥協しつつあった。
混乱と苦痛が徐々に遠のき、かわりに腫れぼったく熱を帯びた、あの疼きが戻ってくる。
緩やかに腰を揺さぶられると、その疼きが掻き回されて、下腹に狂わしい悦びが迸る。
サイファーは声を殺したまま、それこそ犬のように喘いだ。
ペニスを慰撫し続ける掌の動きは絶妙で、中を犯す熱塊と完全にシンクロし、射精感一歩手前のぎりぎりまで快感を引き延ばしたかと思うと次の瞬間には無情に動きを緩めてしまう。
こちらの反応は読み尽くされ、もはや完璧に翻弄されるしかなかった。
「声を出さ、ない‥‥のか?」
規則的な突き上げの合間に、時折荒々しく襞を擦り上げる動きを交えながら、中佐は苦笑した。
不意に、この男への禍々しい嫌悪感が蘇る。
だが口を開こうものなら、罵倒よりも先に屈辱に満ちた声が漏れてしまうだろう。
歯を食いしばり、不明瞭な威嚇のうめき声を上げるのが精一杯だった。
中佐は目を細めると、一段と高く膝を抱え上げて挿入の角度を深くした。
「っ!!‥‥う、ぐ‥‥!」
熱くぬめった切っ先で快楽の中心を乱暴に抉られ、サイファーは四肢を強張らせた。
悦びが連鎖となって全身を駆け巡り、放出寸前の絶頂感が背骨をぐずぐずに溶かす。
放出を促すように、中佐は扱く掌の動きを早めていく。
もはや、限界だった。
後頭部を支えに喉をそらして、舌の付け根までせりあがった絶叫を殺す。
次の瞬間、細い綱の上で危うい均衡を保っていた自制心は、真っ逆さまに落下した。
膨張の限界を越えたそこが、脈動しながら精を吐く。
同時に、爛れた内壁は異物を締め付け、かの男の精を搾り取る。
中佐もまた、声を出さなかった。
呼吸だけは弾ませながらも、控えめな吐息を長く残しただけで、ゆっくりとサイファーに覆いかぶさる。
煙草の匂いが鼻先をかすめ、穏やかな指先が肌を柔らかく撫でる。
そして呼吸がおさまると中佐は静かに身体を離し、まるで何かの合図でもあるかのように、無言のまま唇を吸った。
急速に冷えゆく肌にけだるい無力感を覚えながら、サイファーはされるに任せた。
良かった、ともどうだったか、とも言わない中佐の寡黙さは、意外でもあり。
そして不思議と、心地よくもあった。
To be continued.
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