SUCK OF LIFE(13)


13

中佐の抱き方は、一貫していた。
寡黙の内にことを運び、時折戯れ言にサイファーの反応をからかいながらも、余計な睦言などは一切口にしない。
丹念な愛撫と前戯でサイファーの躯を開き、濃厚な快楽を注ぐだけ注ぎ込んでサイファーの理性を容赦なく奪い、事が済めば無言の内にベッドを降りる。
そして夜が明ければ、落ち着き払った態度は相変わらずで、それらしい素振りなどは微塵も見せない。
サイファー自身でさえ、夜な夜なこの男に陵辱されている事実を疑いたくなる程だった。
何も言わないのはサイファーのプライドを尊重してのことなのか、或いは中佐自身のプライドなのか。
しかしいずれにせよ、甘ったるい睦言や勿体ぶったお膳立てなどサイファーには無意味であり、むしろ逆効果でさえあることを中佐は百も承知であるに違いなかった。
無言の、暗黙の了解で、快楽のみを享受する。
実際そうした割り切り方は、サイファーにとって救いであったし、流されるままに身体を重ねる自己弁護的理由にもなったのだった。

忌々しいが、現実的な快感には抗えない。
男に肌を慰撫されて快感など覚えるはずがない、といくら己に言い聞かせても無駄だ。
実際に、自分は感じている。
撫で回されて呼吸を乱し、勃起して射精する事実の前には、どんな言い訳も通用しない。
男と寝る事でも快感は得られる、現実としてその悦楽を知ってしまった以上もはや否定は出来ない。
ならば、中佐の言葉通り、素直に快楽を享受する方が遥かに利口というものだろう。

サイファーにとってセックスとは、元々快楽を得るための単なる手段に過ぎなかった。
快楽を貪ること自体に何らかの罪があるとははなから思っていないから、事態を割り切り受け入れることは容易かった。
快楽の手段として女を抱く事が正当化されるなら、相手が男であっても同じことだ。
そう囁いた中佐の言葉は、程なくサイファーの中でまごうことなき真実となった。
そうだ、たいした違いはない。
どうせ自分は、享楽的に女を抱いていたのだし、もとより背徳感などない。
相手が男だろうと女だろうと性的快楽が享受できるなら、それはそれで構わないではないか。
要するに、自分はホモでもヘテロでもなく、ただの性的享楽者という事なのだろう。

「今まで何人女を抱いた?」

ある夜、事の済んだけだるさの中で、中佐が珍しく口を開いて尋ねた。
サイファーは横たわったまま、窓の外を眺めていた。
星ひとつ見えない暗鬱な空と、脅えるように沈んだ夜の街並に、背中から漂ってくる紫煙が曖昧なフィルターをかける。
この男は、情事の後には必ず煙草をたしなむ。
すっかり嗅ぎ慣れてしまったその香りに薄く眉をひそめ、サイファーは頑に背を向けたまま投げやりに答えた。
「‥‥んなこといちいち覚えてねえ。」
すると中佐は、ならば、と笑った。
「今まで何人、人を愛した?」
「ああ?」

質問の意味も意図もはかりかねて、思わず振り返った。
ベッドの縁で、中佐は煙草を手に虚空を見つめている。
「愛していると自覚できるのは幸せなことだ。」
ひときわ深く煙を吸った唇が、静かに続けた。
「たいていは失ってから、愛していたんだと気づく。気づいた時には遅すぎる。」
「‥‥何が言いてえ。」
「いずれ、君は私の元から去る。」
ゆっくりと煙草を揉み消し、中佐は最後の煙を吐いた。
「その前に自覚したい。私は君を愛しているのかどうか。」
「は。」
思わず失笑した。
愛なんて、およそこの行為に似つかわしくない言葉だろうと思った。
だが、中佐は生真面目にサイファーを顧みると、諭すように呟いた。
「ジュリアの二の舞いは避けたい。」
「ジュリア?」
「リノアの母親だ。」

一旦言葉を区切り、中佐はふと目を細めた。
「彼女を愛していた。心から。」
「‥‥。」
「それに気付いたのは、彼女が亡くなってからだ。」
穏やかに続けながら、中佐は再びの煙草に手を伸ばした。
「私は傲慢だった。愛する事の意味も知らぬまま、自分には必要のないものと切り捨てていた。」
「後悔先に立たずか。」
「ああ。」
「ざまあねえな。」
鼻白んだサイファーの相槌に、まったくだ、と中佐は小さく笑った。
「私も若かった。君のようにな。」
サイファーは小さく眉をしかめ、視線をそらした。
「‥‥つまり二度と後悔はしたくないってか。」
「そうだ。」
即答した黒い瞳が、じっとサイファーを見据える。
まるで反応を伺われているようで、ほのかな嫌悪感がよぎった。
「‥‥自覚したらどうだっつうんだ。ヤることに変わりはねえだろうが。」
「変わりはなくとも、大切な事だ。」
カチリとライターの音がして、煙草の匂いが再び漂い始めた。
煙の合間をぬうようにして、静かな声が降ってくる。
「君はまだ若い。刹那的な享楽のみを追い求めることも許される。だがいずれ、それだけでは己が納得できなくなる。」
「なに?」
「人が最後に欲するのは肉体じゃない。心だ。どんな人間だろうと行き着く所はみな同じ、心の安らぎだ。」

一瞬毒気を抜かれ、唖然とした。
が、すぐにそれはこみあげる嘲笑にすりかわる。
「貴様の口からんな台詞が聞けるたあな。」
堪え切れず、本当に肩を揺すって笑いながらサイファーは毒づいた。
「笑わせらあ。心だ?安らぎだと?俺にはんなもん必要ねえ。」
「それはどうかな。」
中佐は細く煙を吐き、変わらぬ声音で言った。
「君が求めているもの。夢にみるほど渇望しているものの正体が、それでないとなぜ言いきれる?」
はっと胸をつかれ、サイファーは笑い止んだ。
「君も本能では気づいてる。だから夢を見る。違うか。」
「‥‥。」

ぐさりと胸の奥深くを抉られた気がした。
確かに、あの夢は。
心も躯も一部の隙もなく満ち足りたあの夢こそは、言われる迄もなく安寧と呼ぶにふさわしい。
そう、自分でも解っている。
自分が求めているものの正体が、そうした安らぎ、心も躯も共に満たされる魂の充足であることを。
ただ、それを与えてくれる「モノ」が何なのかが解らない。
いやそもそもそんな「モノ」が実際にこの世に存在するかどうかさえ疑わしい。
しょせん、夢は夢なのだ。
夢ではなく現実でそれを手に入れたいと願う一方で、それを得る手段も道筋も解らないという焦燥、そんなものはどうせ存在しないに決まっているという絶望。
それこそが、このやり場のない飢餓感を産み、サイファーを苛んできた。
そして、その苦痛から逃れ葛藤を退けるために、常に自分に言い聞かせねばならなかった。
望んでも無駄なもの、無用で無縁なものを求めるなど馬鹿げている、と。
そうやってあえて孤高を選び刹那的な享楽に興じることで、どうにか己を偽り宥めてきたのだ。
それを。
この男は、看破している。
いかに虚勢を張ろうとも、己の心を覆い隠そうとも、この男には何もかも見抜かれている。
サイファーは言いようのない羞恥と悔しさを覚えた。
肉体を陵辱されるより、心を暴露される事の方が遥かに苦痛だ。
この男に躯を任せることは許せても、心を曝け出すことだけは我慢ならなかった。

渋面を作ったまま無言でいるサイファーに、中佐はしかしからかうでもなく怒るでもなく、淡々と紫煙を吐き続けた。
「求めるものが何なのか。向かうべき道はどこにあるのかを知りたいのなら。」
「‥‥。」
「無闇に見切りをつけないことだ。‥‥本当に求めるものが目の前にありながら、気付かない事もある。無用だと切り捨てる前に、立ち止まって受け入れることだ。闇雲に暴走して足掻くのも悪いことじゃない。だが斜に構えてばかりでは見えるものも見えなくなる。‥‥否定するばかりでは、求めているものの正体など永遠に解りはしない。」
穏やかで、染み渡るような声音だった。
その声音のせいか、あるいは憔悴しきって無気力に陥った躯のせいか。
中佐の言葉は、不思議とすんなり頭に入った。
かつてそれほど素直に他人の言葉を聞き、理解の域に届く事を許したのは初めてだったかもしれない。
だが、心の内まで看破されたことへの悔しさが、素直な受け答えまでは許さない。

「‥‥説教はまっぴらだ。」
サイファーはあえて唇を歪め、低く呻いた。
「貴様に俺の何が解る。」
「またそうやって否定するか?」
静かな口調のまま中佐は笑い、二本目の煙草を揉み消した。
「反抗だけでは答えは見つからない。‥‥受け入れ、向き合うことだ。周囲にも、本当の自分自身にもな。」
中佐の言葉に、サイファーは露悪的に唇を歪め、けだるい躯に鞭打って窓側へと寝返りを打った。
下腹部に残った鈍い余韻が無性に腹立たしかった。
露な背中に注がれる中佐の視線が、ちりちりとむず痒く肌を灼く。

「は。‥‥本当の自分、だと?」
投げやりに呟いて、サイファーは窓の外に横たわる重苦しい空を眺め、静かに瞼を伏せた。
「‥‥それが解りゃ‥‥はなから苦労なんざしねえんだよ。」

To be continued.
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