SUCK OF LIFE(6)


6

デリングシティ郊外に建つカーウェイ邸は、広大な敷地を有していた。
いかに幹部とはいえ、一介の軍人が所有するには不相応な広さである。
私の力で手に入れたものではない、親から引き継いだ土地なのだと中佐は鼻白んだ様子で説明した。
広いばかりで意味がないので、邸宅だけは小作りに建て直したのだという。
二名の警備兵が立つ堅牢な門を抜け、アプローチに乗り付けると、運転手は車を回して車庫へと走り去った。
お抱えの運転手までいるとはいい身分だ。
おまけに、ドアの前に立つや否や執事と思しき老齢の男が出迎え、さらに廊下では数人の使用人が居並んで頭を垂れていた。
つまり、カーウェイ家とは代々続く名門の資産家であり、この男は軍人である以前にガルバディアきっての名士なのだ、とようやくサイファーは理解した。
軍内部で我が儘がきく立場というのも、あながち嘘ではないのだろう。
いちいち鼻につく人を蔑むような------とサイファーが感じている------態度も、幼い頃から名門家の一員として培われたものなのかもしれない。

小さく建て直したと中佐本人が言ったように、邸宅の内部はさほど広くはなかった。
といってもそれはあくまで敷地に比べての話で、二階建ての邸内にはざっと十室近い部屋があった。
一階部分は食堂とそれに続くダイニングの他に、厨房と執事の部屋が占めており、二階部分には中佐の書斎と寝室と、客室らしい部屋が三部屋あった。
その客室の一室、書斎の隣の部屋に中佐は自らサイファーを案内すると、ここを自由に使えと告げた。
護衛というより下宿人にでもなった気がして妙な気分だった。
さらに中佐は、ハイペリオンのケースを部屋の中に下ろさせると、そのままサイファーを伴って食堂へと降りた。

テーブルに並んだ料理は、美味、だったのだと思う。
だが美食になど興味も縁もなかったから、味などどうでもよかった。
機械的に胃袋に落ちていく食事は空腹は満たすが、胸中に居座った居心地の悪さまでは拭えない。
なにしろこんな形で他人の家の食卓につくなど、サイファーには経験のない事だった。
それも、不審感を拭えない相手と二人きりで、顔をつきあわせての食事だ。
不快感が増すばかりなのも当然で、結局食事が終わるまでサイファーは終始無言で、一度も口を開かなかった。
しかし中佐はたいして気にする風でもなく、食事を摂りながら淡々と明日の予定を説明した。
さらに、食事を終えて早々に部屋に引き上げようとするサイファーを、強い口調で呼び止めた。

「君と話がしたい、と言ったろう。」
食卓を離れ、ダイニングに続く開け放たれた扉の前で、中佐は指先でサイファーを招いた。
その余裕然とした態度が、気障ったらしくてまた気に食わない。
いっそ無視してやろうかとも思ったが、しかし、慣れない部屋に引き上げて独り時間を持て余したところで、この不快感はどのみち変わらないようにも思える。
結局、サイファーは苦い顔で扉に歩み寄った。
暖炉前に進んで、皮張りのソファーに収まった中佐に向きあう格好で、どっかと腰を下ろす。
「何を話す事があるってえんだ。」
すっぽりと体が沈みそうなスプリングを避け、サイファーは浅く腰をずらした。
両膝に肘をついて、威嚇の視線を投げつける。
一方、背もたれに深く背中を預けた中佐は、祈祷する僧侶のように軽く両手を合わせ、顎を引いてじっとサイファーを見つめた。

「君はいくつだ、サイファー。十六、いや十七か。」
「‥‥十六だ。」
「ああ、もう間もなく十七になるんだったな。」
------なんでそんな事を知ってやがる。
一瞬問い返そうとしたがすぐに合点がいった。
個人的な素性など、とっくの昔に調査済みのはずなのだ。
年齢を尋ねたのは、単に会話を切り出すための口実であるに違いない。
こういうところが、オトナはしちめんどくせえんだ。
サイファーは小さく唇を歪めた。

「私にはこう見えても娘がいてな。」
サイファーを注視したまま中佐は言った。
「十六というと、彼女と近い。なるほど、その年頃というのは何ごとにも逆らわねば気がすまんという事か。」
「‥‥。」
「娘も相当な跳ねっ返りでな。手を焼いているよ。最近は家に寄り付きもしない。」
無言のサイファーを前に、中佐はまるで他人事のような口振りで、軽く足を組み換えた。
「母親を早くに亡くして以来、彼女とはうまくやってこられたと思っていたが‥‥所詮は親の幻想だったのかもしれん。そう考えると残念だが。」
そこでようやく中佐はサイファーから視線をはずした。
傍らのテーブルに乗ったシガレットケースを引き寄せ、優雅な仕種で煙草を取り出して、火を点す。
「しかし一番残念なのは、どうせ理解されないと決めつけて、何も話してくれない事だ。理解しあう努力を怠っておきながら、理解されようとは思わないなんて言い分は、若さゆえの虚勢にすぎない。そう思わないか?」
疑問系に問うて、中佐は紫煙を吐いた。
サイファーはしばし漂う紫煙の帯の行く先を目で追ってから、ゆっくりと中佐の顔を見据え直した。
「つまり。話してえっつうのはそれか。」
「それとは?」
「若者の心理とか思考パターンってやつを俺から探ろうってか。」
「ほう。」中佐は、さも面白そうに小さく肩を揺すって笑った。「なんのために?」
「娘に理解ある親、ってえポーズを示してえんだろ。」
中佐の笑い方にまたもやむかつきを覚えながら、サイファーは苦々しく言い放った。
「だが、残念だったな。あいにく俺は普通の育ち方をしてねえ。参考になんざならねえぜ。」
「確かに、物心ついて以来のガーデン生活では普通の育ち方とは言い難いだろうな。」

この男は。
わざと神経を逆撫でしたいのか。
ぎり、と奥歯を噛んだサイファーに、しかし飄々と中佐は首を振った。
「だがあいにくなのは君の方だ。私は何も娘のために、君と話したいわけではない。」
重厚な陶器製の灰皿に、楚々と煙草が押し付けられる。
煙が一筋、か細い溜め息のように灰皿から立ち上った。
「私が知りたいのは、若者の思考形態でもなければ、娘の心理でもない。君自身の事だからな。」
「‥‥なに?」

中佐はゆっくり立ち上がると、サイファーに近付いた。
サイファーが立ち上がりざまに胸倉に掴み掛かろうしたなら即座に躱す事が出来る、そんな絶妙の間合いで足を止め、じっとサイファーを見下ろす。
サイファーの不快感はピークに達していた。
それでなくともいけすかない眼差しに、見下ろされているという事に我慢ならなかった。
このまま席を立ってマジで殴りつけてやろうか。
咄嗟に拳を握りしめたサイファーに、中佐は穏やかに言った。

「サイファー。どうやら君は、身の内に手に負えない猛獣を飼っているようだ。」
「‥‥。」
「私はその猛獣の正体に、興味がある。」
囁くように呟いてさらに一歩近付くと、肘掛けに手をかけ斜めにサイファーの顔を覗き込む。
まるで狭い壁の隙間をすり抜ける猫のように、素早くて流暢な仕種だった。
「単なる若さでは片付けられない何かに、君は囚われてる。一体何をそんなに苛ついている? 何に飢えている?」

至近距離に迫った中佐の顔を、サイファーは呆然と凝視した。
------なんなんだ、この男は。
遠慮も躊躇いもなく、勝手に近付いてきて。
さらにずかずかと、土足で踏み込んで来ようとする。
それも、まるで当たり前みたいな顔をして、だ。

「‥‥貴様にカウンセリングする気はねえ。」
擦れた声を絞り出し、サイファーは口端を歪めた。
「貴様に俺の何が解る。」
すると中佐は不意に表情を緩め、身を起こした。
「なるほどな。娘も同じ事を言う。父親だからといって私の何が解るっていうの、とな。」
「貴様の不良娘の事なんざどうだっていい。俺は俺だ。分析されるなんざまっぴらだ。」

顔を背け、吐き捨てるように呟くと、中佐は静かに笑った。
まるで、サイファーの反駁など一から十まで見通しているとでも言いたげな笑みだ。
そう、この笑みが。気にいらないのだ。
すべてを達観して、何もかも知り尽くしているかのような「大人の表情」が。
殴りつけても飽き足らぬほどに。

「分析ではない。理解したいだけだ。‥‥だがまあ、急ぐ事もあるまい。」
色素の薄い唇を微笑みの形に保ったまま、中佐は言った。
「ゆっくり確実に歩み寄ればいい。それもまた楽しみ、だ。」

サイファーは眼の端で中佐を睨み据えると、その肩を押し退けざまにソファから立ち上がった。
もはや、言葉を交す事自体が堪え難かった。
さっさと踵を返しホールへと出ていくサイファーを、今度は中佐も止めなかった。
ただ、灰皿からいまだ立ち上る微かな煙草の残り香だけが、いつまでも背中を追ってくるような気がした。

To be continued.
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