Time after Time



任務を終えガーデンに帰還した後。スコールに報告に行ったサイファーは自室に戻らなかったのか、僅かな時間でゼルの部屋へとやって来た。
ノックすらなく勝手に暗証コードを打ち込み、勝手にゼルの部屋へと入り。
見知った部屋だとばかりにずかずかと歩を進めると、サイファーは渋面のままソファーへ腰を降ろした。
ふいにサイファーを見下ろす形になったゼルはどうにも居心地の悪さを隠せず、視線を逸らすようにして声を絞り出す。

「…話って何だよ」
「俺よりてめぇの方が、話あんじゃねぇのかチキン」
「……別に、あんたに話すことなんて…」
「人の背中見て逃げ出したり、無理に表情作ってるやつが何にもねぇってか。俺が気が付いてねぇとでも思ってんなら、とことんめでてぇトリ頭だな。チキン」
「…無理なんて、してねぇし……逃げたんでも、ねぇ。あれはあんたが取り込んでるみてぇだったか……」
「いい加減にしろよ、てめぇ」

ぎし、とソファーの軋む音がしたと思った直後。
伸ばされたサイファーの手に腕を掴まれゼルの視界が反転した。
目を開ければ間近に、不機嫌さを隠しもせずに覗き込んでくるサイファーがいた。

「いきなり何すんだよっ!」
「言いてぇことあんなら、とっとと言えってんだ。それとも何か、無理矢理その口割らされてぇのか」

サイファーは本気だ。
必死で怒気を隠してはいるだろうが、ゼルを見る瞳の輝きは尋常ではない。
のらりくらりとはぐらかせば、その言葉の通り。どんな手を使ってでもゼルの口を割らせるだろう。
それこそ力ずくでゼルを思うようにすることなど、この男にとっては造作もないことだ。
ちっと舌打ちが聞こえサイファーの唇が近付いて来る。

「や、だっ!」
「…チキン」

反射的に顔を背けてしまったゼルに、今度は困惑気味なサイファーの声が聞こえた。
何度も、キスをした。
何度もこの腕に抱かれ、その熱に身を焦がした。
今更何をと笑われるだろうが、今ゼルが望んでいるのはそれではないのだ。

「……ごめん、サイファー。俺、あんたとそういうこと、したくねぇ…」
「…そういうことか」
「サイ、ファー?」
「悪かったな、キスの一つも嫌がられるほどてめぇに嫌われてるなんざ思い付かねぇで」

違う、そうじゃない。
俺があんたを嫌うわけなんてない。
咄嗟に出かかった言葉は、けれどやはり音になることはなかった。

「別れてぇ、って言いたかったのか。てめぇ」
「―――え?」
「そう考えりゃ、てめぇの不可解な言動も合点がいくってもんだな」

体の上からサイファーの重みが消えた。
呆然と見上げたゼルを見返すことも無くサイファーは無言で部屋を出て行く。
別れてぇのか。
サイファーのその言葉だけがゼルの頭の中で何度も蘇り、そしてようやく自分の中にわだかまっていた不安の正体に気が付いた。
(……ん、だ。やっぱ俺ら、付き合ってたのか)
のろのろと体を起こしたゼルは乾いた笑いを零し、ソファーの上で膝を抱え続けた。



あの夜から何日も過ぎたが、ゼルの日常は変わらなかった。
普通に顔を合わせて挨拶もすれば、一緒に食事を取ることもある。ただサイファーとの間にあった目に見えない繋がりが、微妙に変化しただけだ。
だが、サイファーに纏わり付く女性の姿を見れば今まで以上にイライラするばかり。
付き合っていると言う事実が消えた以上、もうそこにゼルが口を挟むことは出来ない。
こいつは俺のものだと衆目を気にせずに言えば良かったのだろうか。それともサイファーに、あんたのそんな姿を見ているのは面白くないとはっきり言えば良かったのか。
後悔ばかりが胸の奥から次々に湧いては消え、ゼルの心は穏やかではない。

「面白くねぇ…」

早目の夕飯を終え自室のベッドにごろりと横になってみたものの、どうにも気持ちが落ち着かないのだ。
いつもであれば、どちらかの部屋で一緒に過ごしていた時間で。
下らない言い合いをしたり、ゼルが真剣になって見入っている番組にサイファーがガキくせぇ、と茶々を入れたり。
あの長い指が意外なほど繊細な動きで、ハイペリオンの手入れをしているのを眺めてみたり。
他愛もないことの数々が、とても大切なものだった。
サイファーのせいではない。悪いのはそこにある気持ちを信じることの出来なかったゼル自身だ。
形のない不安に憑かれ、目の前にある真実を見極め切れなかった自分自身の浅慮さがこの結果を生んだだけ。

「……一暴れしてくっかな」

幸いにも訓練施設は24時間いつでも使用可だ。それにこの時間ならば食事時という事もあって誰かに出会うこともそうはないだろう。
下手に時間を持て余しているから考えてしまうのであって、体を動かせば少しはすっきりするはずだ。
疲れ切るまで体を動かせば夢も見ずに、泥のように眠れるだろうか。
思うと同時にベッドから跳ね降りサイドテーブルの上に投げ出してあったグローブを掴むとゼルは訓練施設へと向かった。

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